ソサイエティ大会 パネル討論報告
パネル討論「人間の思考能力の脳科学, 認知科学, 応用システム研究の展開」報告石崎 俊 (慶大) 伊藤 憲治 (東大) 乾 健太郎 (九工大) |
平成11年9月7日に1999年ソサイエティ大会において標
記パネル討論が開催されました. 座長を岡田 直之氏 (九工
大)にお願いし, 前半では, 座長の趣旨説明に続き, 人間
の思考能力に関連する脳科学, 認知科学, システム科学,
言語科学それぞれの分野の研究者4名をパネリストとして
迎え, 現状と課題について講演していただき, 後半では,
会場の多数の参加者を交えて全体討論が行われました.
まず, 前半の講演の概略を以下にまとめておきます.
● 岡田 直之 (九工大):挨拶, 趣旨説明
最近の脳科学の目覚ましい発展により, 脳における思考,
記憶, 学習などの機能や心の働きに関する知見が増えてい
る. それらと認知科学, 知識科学などを総合して思考能力
の体系化・モデル化と社会への応用をはかる研究と学際的
な研究体制の整備が必要である.
● 杉下 守弘 (東大) :思考能力の基礎的解明
アナログ信号処理から抽象的記号処理まで, 思考過程の
縦断的解明を目指して陽電子放射断層撮影法(PET)や機能
的磁気共鳴画像法(FMRI)など, 種々の脳機能計測技術が利
用され始めている. これらの計測技術により推測・推理課
題遂行時の脳内活動をも可視化が行われるようになったが,
脳のどの部分が活動しているかが分かっただけであり, ま
た課題遂行には複雑な認知・言語過程が関与していること
も考えると, 解釈は慎重に行うべきである.
● 石崎 俊 (慶大) :思考能力のシステム的解明
思考能力を2つの階層, すなわち言語など抽象レベルの
高次信号処理と神経生理レベルの低次信号処理との間の相
互連関と考えると, 思考と言語, 思考と記憶・学習および
思考と認識・行動という3つの協調関係から思考能力・過
程のシステム的理解が可能となる. たとえば連想概念辞書
を調べると, 人間の思考や知識が社会・文化との関わりか
ら柔軟で矛盾をも許容することが分かる. このような柔軟
な思考の機械への導入により, 人工システムの性能が飛躍
的に高まることが期待される.
● 石川 真澄 (九工大) :思考システムの社会的応用
人間の優れた思考・言語能力の人工システムの社会的
応用により, 概念形成を促す教育・学習支援, 人間の動作・
意図を理解する進化発達型福祉ロボットなどが可能となる.
人間・機械共生系に向けた人間に優しい高度の人工システ
ムを開発するには, 記号処理型情報処理による強力な構造
的知識表現能力や高い推論能力とともに, パターン処理型
情報処理による学習・自己組織化や物理的信号処理からの
記号創発能力を併用すること, すなわち情報統合が将来の
情報処理の進むべき方向であると考えられる.
● 山梨 正明 (京大):言葉と思考・認知の境界領域
言語と思考をめぐる人間の知のメカニズムは伝統的なテー
マの一つであるが, 具体的な問題に関しては, 実質的な研
究の手がかりがまだ見つかっていない. しかし, 言語と思
考との根元的な発現の場として身体性を重視することによ
り, メタファーやメトミニー, 心的イメージといった概念
と推論の創造的認知能力などへの探求の入り口が見つかる.
外部世界との対応関係を通じて意味を得るという客観主義
に代わって, 身体イメージを基に外部世界と相互作用して
解釈する認知主体の過程として思考, 推論を始めとする知
のプロセスを捉え直すべきである.
後半の全体討論では, 会場から相次いで質問が飛び出し,
活発な議論が交わされました. ここでは特に興味深く思わ
れた話題を3つほど取り上げ, その様子を報告いたします.
まず, FMRIなどを利用した脳内活動の解析についていく
つか質問が出ました. 最近の脳科学の進歩に対する人々の
関心の高さと期待の大きさが現れていたように思います.
論点の一つに, 今後脳内活動の解析から得られる成果は思
考能力の解明にどのように結びつくのか, 認知科学や知識
科学はこの成果をどのように解釈し, 利用していくべきか
という問題がありました. 杉下氏からは, 脳科学は現在い
わゆる「大脳局在論」を緻密に検証しようとしている段階
で, 直ちに思考能力の解明に至るわけではないが, それに
向けての不可欠なステップであることは間違いないという
見解が示されました. これに対し, 機能が脳内に偏在して
いる可能性も検討するべきではないかとの意見も出ました.
これまでの研究成果は局在論を支持しているように見えま
すが, 結論を出すには次期尚早かもしれません. いずれに
せよ, 脳内活動の解析結果の解釈はその再現性や課題の適
否なども考慮して慎重に行うべきだとする杉下氏の主張は
他のパネリストや参加者からも強く支持されました.
縦の情報統合, すなわち言語などの高次情報と知覚信号
などの低次情報はどのように相互作用するか, またそれを
どのように工学的に実現するか, についても活発に議論さ
れました. 工学的な実現方法については, 石川氏から紹介
があったニューラルネット型情報処理の最近の研究成果に
対し, 記号処理型情報処理との統合方法や状況依存的思考
の実現方法などに関する質問が相次ぎました. いずれも重
要な問題ですが, その答えを得るにはもう少し時間がかか
りそうです. この分野のより一層の活発な研究活動が望ま
れます. 身体性の観点から言語を捉えなおすべきとする山
梨氏の提言もまた情報統合の重要性を説くものと言えます.
山梨氏からは, 「記号処理=高次の思考」とする仮定につ
いても再考が必要ではないかとの大胆な意見も出されまし
た. あるいはその辺りに真の情報統合を理論化し実現する
カギがあるのかも知れません.
最後に, そもそも「思考」とは何を指すかということが
議論になりました. 石崎氏の提言によると, 思考と言語,
思考と記憶・学習および思考と認識・行動という3つの協
調関係の総体が思考能力ということになります. そこでの
前提は, 上の3つの協調関係の総体を「広義の思考」と捉
え, そこから言語, 記憶・学習, 認識・行動を除いた心的
活動, すなわち概ね計画立案や創造性に当たる活動を「狭
義の思考」と捉えるというものです. この見方は座長の岡
田氏が冒頭で示した「心のモデル」のアーキテクチャにも
合致するもので, 他のパネリストも同様の見解を持ってい
ることが討論を通じて明らかになりました.
今回のパネル討論では, 思考能力の解明という課題がも
つ裾野の広さとその研究の重要性を改めて実感しました.
今後もこのような学際的研究討論の場を随時設けるととも
に, その成果を研究にフィードバックするための学際的研
究プロジェクトを提案, 推進していく必要があると思いま
す.