ニュース

W. Wesley Peterson 先生1999年日本国際賞受賞

今井 秀樹 (東大)

 現在指導的な立場にある符号理論研究者で, W. Wesley Peterson先生が 1961年に著した「Error-correcting codes」を読まなかった人はいないでしょう. 先生 のこの本は代数的符号理論を創始し, 多くの若き研究者達をその面白さで魅了しました . これにより, 符号理論の世界が一挙に広がり, 今日のディジタル技術の基礎を支える ことになったのです. Peterson先生には, この功績により本年の日本国際賞が授与され ました.

(1) 日本国際賞
 国際科学技術財団(理事長近藤次郎先生)による「日本国際賞」は1985年に創設された賞で, 科学技術において, 独創的・飛躍的な成果を挙げ, 科学技術の進歩に大きく寄与し, 人類の平和と繁栄に著しく貢献したと認められた人に与えられます. 受賞者には, 日本国際賞として賞状, 賞牌および賞金5000万円(1分野に対し)が贈られます. この賞は, 毎年, 前年に分野検討委員会で選定された二つの分野からそれぞれ原則として1名が受賞者として選定されます. 本年は, 「情報技術」分野と「生命科学における分子認識と分子動態」分野とが対象となりました.
これらの分野に対し, 国内外の数千人の学識経験者に推薦を求めたところ, 情報技術の分野では, 国内外から180名の推薦がありました. これに対し, 国内外の専門家の意見を求め, 審査委員会で審議した結果, Peterson先生を受賞候補者として推薦することになったわけです. なお, 審査委員長は井口洋夫先生, 審査委員会の中で情報技術分野を担当した部会は, 部会長が熊谷信昭先生(阪大名誉教授), 部会長代理が青木利晴氏(NTT副社長), 委員に池田克夫先生(京大情報学研究科長), 稲垣康善先生(名大工学研究科長), 酒井善則先生(東工大教授), 白鳥則郎先生(東北大教授)および筆者の7名で構成されました.
 授賞式典は, 4月28日に国立劇場で天皇皇后両陛下のご臨席のもと, 衆参両院議長, 最高裁長官, 文部大臣をはじめ, 在日外国大使, 学会, 政界, 財界並びに言論界代表ら 約千人が出席して挙行されました. Peterson先生は, この式典で, 完璧な日本語を交え 真心の篭った挨拶をされ, 参列者に深い感動を与えました. また, この1週間は日本国 際賞週間として, 記念講演会や学術懇談会などの行事が行われました.

(2) Peterson先生とそのご業績
 Peterson先生は現在75才ですが, ハワイ大学マノア校情報学部の現役の教授です. 1948年に数学士, 49年に工業数学士, 50年に電気工学修士, 54年に電気工学のPh.D.をいずれもミシガン大学から取得しています. その後, ミシガン大学助手, IBM社, MIT客員準先生, フロリダ大学教授を経て, 1964年にハワイ大学教授に着任されました.
 Peterson先生は, マノア渓谷にあるハワイ大学のキャンパスとダイヤモンドヘッドの麓にある自宅との間を毎日自転車で通い, また, ホノルルマラソンには毎年参加して7時間掛けて完走(完歩)するとのことです. また, 先生の奥様は日本女性で, ハワイで日本語を教えていらっしゃいます. Peterson先生の日本語学習の歴史は長いのですが, ここまで上達されたのは奥様のお蔭でしょう.
 Peterson先生の「Error-correcting codes」は, 1960年MITにおいて客員準教授として行った符号理論の講義を元にしています. この講義は, Massey教授, Forney博士, Berlekamp教授など, その後世界的に名を成した符号理論研究者達が聴講したようです.
 Peterson先生は, この「Error-correcting codes」で誤り訂正符号に関する用語や概念を確立し, 現代代数学を基礎とする代数的符号理論の枠組みを構築するとともに, 誤り訂正符号の符号化法や復号法, 装置化法の体系を確立されました.
 この著書の内容は, Peterson先生の多くの独創的研究成果を柱として構成されていま す. 例えば, 現在のほとんど全てのディジタル通信・記録システムに誤り検出のために 用いられている巡回冗長検査(CRC), CDの誤り訂正をはじめ広く実用に供されている リード・ソロモン符号やBCH符号の実際的復号法, 巡回符号の符号化や復号のための実 用的なシフトレジスタ回路などはPeterson先生の発明であり, 誤り訂正符号の産業応用 に決定的な貢献をしました. このように, 今日のディジタル通信・放送・記録には, Peterson先生の研究成果が不可欠なものとして利用されています. これが, 今回の授賞理由となっています.

(3) 学術懇談会など
 日本国際賞週間の重要な行事として, 学術懇談会が4月29日の午前10時から午後1時まで赤坂プリンスホテルで行われました. これは, Peterson先生, 財団理事長, 審査委員長, 情報技術分野の審査委員の他に, ハワイでPeterson先生から直接符号理論を学ばれた嵩忠雄先生, Peterson先生が符号理論の種を蒔かれたMITでその直後に学ばれた岩垂好裕先生をはじめ我が国における符号理論の第一線の研究者が加わり, 25名で行われました.
 Peterson先生は, まず, 代数的符号理論を確立した当時の話をなさいました. 「Prange博士の考えた巡回符号について非常に深く勉強したが, 1年間何も生まれなかった. しかし, Bose博士の講演でBCH符号について聞き, 直ちにそれが巡回符号であることに気付き, すぐにその復号法も思い付いた. 」という先生のお話しは大変印象的でした. 先生はまた, 算術演算や論理演算の誤り検出法を考え出したときの思い出, さらに信号検出理論を心理学に応用し, それが今日でも認知心理学の基礎定理になっているという話をされました. この他, 符号理論のそれぞれの分野で, 活躍されている各研究者の方々から最先端の話を聞くことができ, 大変意義深い懇談会であったと思います.
 5月7日は, Peterson先生の受賞を記念して「符号理論と情報セキュリティに関する国際シンポジウム」が奈良先端大で開催されました. 嵩先生の研究の方法についてのユーモアに溢れしかも心に残るご講演の後, Peterson先生は日本語で, 若い研究者のために貴重な示唆に富む講演をなさいました. このシンポジウムの模様は奈良先端大の電子図書館のホームページで公開される予定とのことです.

  末筆ですが, Peterson先生の益々のご健康とご多幸をお祈りいたします.