IEICE conference
アメリカ便り
村田 洋
カリフォルニア大バークレー校 客員研究員

前略。

抜けるような青空と、涼しい風と、豊かな緑を背景に、各国の人たちが気ままな 身なりでファーストフードを片手に各国の言葉でおしゃべりしながら歩く カリフォルニア・バークレーにきて9ヵ月になります。 北陸先端科学技術大学院大学(通称JAIST、ジャイスト) を昨年春卒業したあと、 「CADの分野に進むなら一年ほど本場アメリカを見てきては」、という 恩師梶谷先生(現東工大)のお勧めでバークレーのクー先生の研究室に1年お世話 になることになったのです。

昨年4月、到着早々参加した国際会議では、私の知る限りの外国人研究者が 勢ぞろいという感じでした。 ワインの里ナパバレーのホテルの中庭で歓待を受けました。 この会議はISPD(International Symposium on Physical Design)といいます。 比較的新しい会議ですが、シリコン加工の微細化と回路の大規模化が進み 設計手法の見直しが迫られている状況を反映して、参加者が年々倍化している そうです。 それよりなにより、開催期間3日間、平行セッションなし、朝から夜まで皆で 一部屋に集まってムンムンの雰囲気の中で議論するという、いわば「国際輪講」 を大いに堪能しました。

学会を終え、あらためて周りを見渡すと、確かにいろいろと本場のシルシを 発見します。 ハイテク企業という先入観からは遠い、木立に囲まれた閑静な別荘地のような シリコンバレーのスタートアップたち。大学では、サンドイッチをほうばり ながらデモ発表を聞くという、週に1度の「CADランチ」。 EDA業界や大学のCAD研究者が入れ換わりで毎週訪れて開かれる「CADセミナー」。 授業も聴講させてもらっています。昨年秋期はニュートン先生の物理設計の 授業を聴講しました。過去20年ほどの研究から数十件のアルゴリズムを 紹介します。それらのアルゴリズムを、時代ごとの研究トレンドの変遷、 EDA企業の栄枯盛衰とからめて語ります。 聞き惚れてしまいまいました。 今春期はブレイトン先生の論理合成の授業を聴講しています。 全ての商用論理合成ツールはここから派生した、という前置きから 始まりますが、泥臭いところは微塵もなく、 数学的に明瞭で、かつ体系化された、すばらしい研究の集大成です。

研究のほうもおかげさまで順調です。クー先生と2人で進めていた配置研究 には、台湾からきたピンホンという学生が最近加わり、 いろいろ実験・議論しながらすすめています。 ピンホンはTSMCの現役のCAD担当でもあり、実験にはリアリティがあります。 また、ブレイトン先生の「次世代論理合成(Nexis)」という プロジェクトに参加して、毎週ブレイトン先生、オッテン先生、 数人の学生と「配線設計から出発して論理合成するにはどうすれば よいか(Wire Planning)」というような議論をしています。

どうです?本場でしょう? もうすこしつづけましょう。隣のインド人学生は、 「ストックオプションをだすので来て欲しい」とEDA企業から就職の誘いを 受けて、「もっとできたての小さいところに行きたい」と2股3股かけています。 前述のニュートン先生の授業では、Javaによるラウタ作成が宿題にだされます。 ブレイトン先生の昨年の講義で出された最後の課題は、 「以上が現状最先端の論理合成技術である。これを踏まえ、次世代の 論理合成はどうあるべきか考えよ。そのために活用できる他分野での 知見がないか調査せよ。そして、次世代論理 合成システムの構成を組織的に提案せよ。」学生たちは大変です。調査、会議、 討論、ソフト開発計画、。。。

おや? だんだんキビシクなってきたでしょう。大量に入学する学部学生は、 必死の勉強をしない人は簡単に脱落してしまうようです。大学院生は先生から 給料が出ますが、逆に言えば、デキルことを実証して先生に自分を売り 込まないと研究に参加することさえ難しい。先生も経済力と魅力がないと良い 学生を集められません。学位取得はもちろん容易なことではありませんが、 学位を取った後も、大多数の学生は外国人でかつこの地にとどまることを 希望しているので、市民権を得るという難関があります。 すでに彼らの国からの移民は「十分多い」ので、市民権を得るには「米国に とって非常に有益な人間である」ことを示さねばならないそうです。 たとえば、著名なジャーナルに論文を発表しており、それを他人のジャーナル 論文が参照してくれている、などが効くそうです。 ちなみに、先に登場したインド人学生はさらに先を考えており、 なんと後で独立するときのために、辞めるときにどんな制約があるか調べてから 就職するそうです。「成功」にはきりがないようです。同じように、「失敗」に もきりがないようです。 バークレーで博士号を取った若き秀才にも、ごく普通の人にも、 成功と失敗を結ぶ階段は同じ傾きのひと続きの階段であり、 実際、ちょっとでも気を抜くと、テレグラフ通りに たむろする刺青ピアス人間の仲間入り、というような緊迫感があります。

JAISTでは、テニスやスキーを頑張った後、一回200円の湧泉寺温泉の露天風呂に つかりながら、空中に指先で絵を書いて、アルゴリズムの議論をしたものです。 おおらかなものです。一見、とんだ極楽トンボのようですが、 この「リラックス感覚」は、問題の目先でなく本質を見つめるために不可欠の 要素であった気がします。 貴兄の仕事場でも、管理職の方が胃を痛めながらも部下の「遊び」時間を確保 しようとされています。よね? リラックス感覚をもち、かつ最高の懸命さを維持できれば、良い仕事ができる はずです。私には、 研究者のモチベーションと現場との交流さえしっかりしていれば、 日本のCAD研究・EDA産業は米国よりも進む、かもしれない、と思えて来ました。 貴兄はどう思われますか?

早いもので、もう、つぎのISPDの時期が近づいてきてしまいました。 今度は4月6日から8日まで、海岸の景色がきれいなモントレーで開かれます。 もしご都合がよろしければいらっしゃいませんか?投稿していたクー先生と 共著の論文が採録されたので拙い発表もお聞きいただけます。あるいは ご都合がつかなければ、4月20〜21日に軽井沢であいましょう。 見かけたら声をかけて下さいね。

草々

1998年1月30日