IEICE conference 1997年総合大会ソサイエティ特別企画
パネル討論「ポストSPICEシミュレータ」の報告
西原 明法 (東工大)

総合大会中の3月26日午後に,回路とシステム(CAS)研究専門委員会が企画した 標記パネル討論が,かつて先進的な回路シミュレータを作成したNECの川北建 次氏(CAS委員長)の司会により開催された.

川北氏はまず,SPICEがデファクトスタンダードとなって広く使われているが, 成熟期となり,目に見えない壁に直面していること,しかし一方で理論,応用 面で壁を越える成果が出ていることを指摘した.それらの中で次世代のスタン ダードとなる,スーパーSPICEとも言うべきものが育つのか否か興味深いと述 べ,5人のパネリストを紹介した.

  1. 鹿毛哲郎氏(富士通研): ``SPICEの成功要因とポストSPICEシミュレータ''
    鹿毛氏はまず, 今や回路シミュレータの代名詞となったSPICEがなぜ広まったかを分析した. 解析アルゴリズムは,修正節点法,インデクス行列処理,台形積分法等のシン プルでかなり控え目なものを用いているが,Gummel-Poon, MOS1/2/3,BSIM/2/3 等のトランジスタモデルを組み込んでいることが成功の大きな要因である.ま た,ソースプログラムが実質的に無償で配布されたことも大きい.開発責任者 の Pederson教授も「成功の鍵は内部のアルゴリズムではなく,デバイスのモ デリングにあった」と認めている.

    次に,SPICE型シミュレーションの特徴と問題点を整理し,空間・時間的な一 括処理であり,回路を選ばず信頼性が高いが,無駄が多く機能性に欠ける,と 述べた.

    このSPICEの欠点に対処する各種の回路シミュレータを紹介し,特に鹿毛氏ら のアプローチとして,分散並列処理に適した,予測法に基づくイベントドリブ ン法MOS回路シミュレータについて説明し,精度的な問題はあるものの,劇的 な高速化が期待できると述べた.

    最後に,今後の動向として,目的に応じたシミュレータに多様化するだろうと 予測した.かつて``回路解析''と呼ばれていた頃は,ネットリストありきで, よく定義された問題に対しての解析技術が課題であった.今,回路シミュレー ションと呼ばれるようになり,VLSIを対象として,デバイス,配線,動作速度 等に依ってモデルを変えねばならず,モデリングから考える必要がある.

    モデリングに立ち返って,回路理論,半導体物理,数値解析の集合としての回 路シミュレーションをどうするか,を考えていく必要性を強調した.

  2. 山村清隆氏(群馬大): ``理論が実用になるまで''
    山村氏は,理論派の研究者であり,数値解法に興味があるが,SPICEを使用し たことはない,と自己紹介した後,回路は基本的に非線形であり,理論と実用 に広いギャップの存在する世界であると述べた.理論的に優れたものが実用に 結びつくとは限らないし,理論なしの対処療法だけでは新しいものは生み出せ ないので,理論と実用の架け橋が重要であり,しかも両者から架け橋をのばす ことが重要であると語った.

    SPICE等の回路シミュレーションでは,直流動作解析にニュートン法を用いて いる.ニュートン法は解の近くでは収束が良いが,遠くからは見通しがきかな い.一方ホモトピー法は,ホモトピー方程式の解曲線を追跡するので,迷路で ロープを伝うように解に収束することができる.そのためには,関数選択の理 論的考察と大域的収束の証明が重要であり,山村氏は学生時代からそのような 研究を行ってきた.

    その研究はその後,収束性の理論→計算効率の問題→ 実現容易性へと発展し,SPICEに組み込むまでに至り,数万素子のバイポーラ アナログ回路を世界で初めて収束の保証付きで解くことに成功した.さらに, ベル研での不動点ホモトピー法の収束性についての研究について検討し,問題 点を見出し,それを解決したことを紹介した.

    このように,山村氏は理論の重要性と,それを実用にまでもって行った過程を わかり易く解説し,学会にはポストSPICEの原石となるものが多数隠されてい ること,それを実用にするには両者からの架け橋が大切であり,産学協同をさ らに推進しよう,と力説した.

  3. 奥村万規子氏(東芝): ``SPICEでは解析できない時変回路のシミュレーション''
    奥村氏は,通信用アナログ回路において,回路規模は小さいが特殊動作のため シミュレーションに時間がかかる例として,周期的定常応答の計算と動作点が 変化する回路の周波数応答や雑音解析をあげた.特に大小比の大きい時定数を 含んだり,大小比の大きい周波数を含む場合や,サンプルホールド,スイッチ トキャパシタ回路等では,解析が容易でないと述べた.

    その解決方法として,周期的動作の非線形回路を周期的時変線形回路と見るこ とにより,``時変伝達関数''を用いて回路の性質を議論でき,効率的に解析す る方法を示した.小信号成分を除いた非線形回路の周期的定常応答を計算し, そのまわりで線形化した時変パラメータを使って時変伝達関数を計算する.時 間領域と周波数領域で適用できる.ミキサー,SCF,発振器等の雑音解析は, 折り返しにより多くのスペクトルが重なり合うので,SPICEではできないが, 周期的に変化する雑音源を考えて提案方法を用いれば可能になると説明した. 特に雑音源別の効果などはシミュレーションでしか分からないので,低雑音設 計の指針を得る等,有効性が高いと述べた.

  4. 横溝剛一氏(日立): ``実装系の寄生効果を考慮したLSIの電源変動解析手法の検討''
    横溝氏は,SPICEでできない問題を簡単化してSPICEを使う手法を検討した結果 を述べた.すなわち電源電圧は,LSIのみならず,実装パッケージやボードの 配線インダクタンスや抵抗等の寄生素子に依って変動し,これが特性劣化や誤 動作を招く.LSIの全回路のみならず多量の寄生素子を扱う大規模シミュレー ション方式と,近似的に回路を縮約する方式が考えられるが,精度と速度のバ ランスのとれたモデル化が課題である.

    大規模シミュレーション方式としては,電源系は回路シミュレータで,アクティ ブな部分は論理シミュレータで行うミックスモードシミュレーションがある. 論理シミュレーションで求めたイベントに同期して,三角波に電源電圧依存性 を加えた電源電流を流すことにより,ピーク誤差20%で解析速度を約10倍に高 めることができた.

    回路縮約法としては,抽出した膨大な寄生素子から,結合係数が比較的小さな 相互インダクタンスを無視する等により,計算時間やメモリ量を削減する.し かし不用意に削除すると発振することもあり,高精度,安定かつ効率的な回路 縮約方式の実用化が今後の課題であると述べた.

  5. 大石進一氏(早大): ``精度保証付き数値計算''
    大石氏はまず,区間解析,自動微分,演算子多重定義(オブジェクト指向)等を 用いて数値計算で厳密解を求めることができると述べた.その土台は,プログ ラムを対象とする構成的数学と呼ばれる.例えば円周率πを計算するプロ グラムについて,四則演算や区間演算等と呼ばれる操作により解の存在する区 間を縮小していくことができ,結果的に任意精度で有限時間で解を求められる.

    現在,大石氏は,高分子溶液の二相平衡問題や非線形抵抗回路の解析等を行う 精度保証ライブラリを作成していることを紹介し,精度保証付き回路シミュレー タの可能性を示唆した.

コメンテータをお願いしていた,浅井秀樹(静岡大),井上靖秋(三洋電機),牛 田明夫(徳島大),藤井信生(東工大)の各氏を含め,会場に集まった約70名の討 論が行われた.主な意見は,

最後に座長が,「アナログ回路は永遠の問題を抱えているが,地道な努力を重 ねていることがよく分かった.島国根性をもたずに,企業と大学が知恵を出し 合いましょう」と総括してパネルを終了した.活発な議論により予定時間を15 分超過した.