論文の書き方と査読の方法

(和文Dの著者、査読者のために)


和文D論文編集委員会

1. まえがき

和文Dは、年間、約500件の投稿があり、高いアクティビティと論文の質を保っている。これを支える編集委員・査読委員は全てボランティアであり、貴重な時間を割いて論文の編集・査読にあたっている。そこで、論文の著者は、これらの方々の労苦を少なくするよう、研究の内容が明確に伝わる論文を書くことが必要である。また、査読者の方々も論文査読の主旨を理解して、適切な査読をすることが重要である。
この小文は、著者の方々には、どのように書けばよいのかということをお伝えし、査読者の方々には、どのように査読すべきかということをお伝えする目的でまとめたものである。

2. テーマを絞り込む

6−8ページで主張できることには限界があることを知るべきである。あれもこれも主張しようとすると、どれもが不十分になってしまう危険性がある。たとえば、ある方式を考案したとして、その方式の精度が良いということと、計算時間が速いということと、簡単なハードウェアで実現できるということを全部主張するには、ページ数が足りないかも知れない。たとえば、最初の論文は精度を中心に議論し、計算時間とハードウェアは次の論文で議論するというようにして、テーマを所定のページ数で議論できる程度に絞り込みたい。どれもが不十分であると、査読者からは説明が不十分であるという指摘を受けることになる。
もちろん、どうしてもたくさん主張することが必要な場合もある可能性もある。たとえば、システム開発論文で、ある方式を採用するに至った理由を述べる場合に、そういう必要があるかも知れない。そういう場合でも、もっとも大きな理由を中心に述べて、主要でない理由は簡単に述べるにとどめるなどの工夫が必要であろう。不十分な点でさらに議論が必要なものは別の論文にまわし、その旨を「むすび」に述べるようにしたい。
査読者もこれを理解して、全て十分に揃った論文でなくてはならないと考えないようにしていただきたい。もちろん、これにも例外があり、たとえば「サーベイ論文」の場合にはページ数が多く必要であるという状況から、ページ数の制限を廃してその代わりに文献が網羅的であることを要求している。一般論文ではこのようなケースは少ないと思われるが、杓子定規ではなく、実情に即して評価していただきたい。

3. 留意すべきこと

(1) まえがき
ここでは、論文の位置付けを行なう。位置付けというのは、下記のような要素からなる。
 過去の研究からの進歩
過去の研究を説明するには文献の引用が必要である。文献としては論文で取り上げる研究になるべく近いものを選ぶべきである。まれに全く新しい分野を拓くような論文もあり得るが、そういう場合でも最も近いと思われる過去の研究を引用することが必要である。そこで、過去の研究の到達点ではどのような課題があり解決される必要があったのかを述べる。
 研究の到達点
上で主張した課題に対してどのようなアプローチをしたのかということを概略説明し、どういう結果が得られたのかを簡単に説明する。
その他は比較的自由に考えてよい。問題点を説明する簡単な例を述べても良いし、論文の構成を述べても良い。ただし、不必要に論文を長くする説明は慎むべきで、論文の位置付けができていれば、それ以外は真に必要な内容に限定する方が良いのであろう。
査読者にとって困る論文とは、理論が難しい論文ではなく、「やってみたらこうなった」という主張だけがクローズアップされたような論文である。こういう論文では、多くの場合「まえがき」で主張すべき論文の位置付けが抜けている。自分が提案する方式が、従来解決されていなかったどういう課題を解決するためのものなのかを主張することが重要である。

(2) 方式の説明
新しいことを主張するケースが多いものと思われる。従って、まず、自分の主張が人に理解されるように努力する必要がある。新しいことであれば、著者が最も良く理解しているはずなので、少なくともその分野の多くの専門家が著者の理解に付いて来られるように、できれば少し分野の違う人も付いて来られるように、わかりやすく論旨を展開することが必要である。「わからないのは読者が悪い」という態度は良くない。どんなに優れた方式でも理解されなければ評価もされない。
新しい道具(数学や記述法など)を利用する場合には特に気をつけて、読者がフォローできるようにするべきである。違う分野の手法を応用するような場合も同様である。たとえば、読者は情報処理の専門家であっても、数学や物理学や化学の専門家であるとは限らない。当然、不必要に難しい内容や道具を持ち出すのは良くない。新しい道具は持ち出すだけの理由(難しくなるのではなく簡単になるというような)が必要である。
難しい数式などが多く出てくる場合には、読者が数式を追うことに注意を取られて論旨を見失うことがないように、論文末に付録として数式をまとめるというのも有効である。また数式だけの羅列も好ましくなく、難しい場合は式の意味するところをことばで補って理解を助ける工夫も必要である。数学の論文ではないので、必要以上に厳密な証明のためにページ数を消費するのも好ましくない。

(3) 実験
多くの場合、和文Dでは実験結果が重視されると思って良い。特に、過去に類似の研究がある場合には、その方式との比較実験が重視されることが多い。可能な場合には、こうした比較実験があると、提案方式の優位性を主張するのに絶大な効果がある。しかし、問題なのは、こうした比較実験が必ずしも可能でない場合である。たとえば、類似研究の論文に記載された情報だけからは必要なパラメータが得られないこともあるし、比較実験を行なうためには膨大なプログラムを書かなくてはならない場合もある。同じデータが揃えられないという場合もある。
これは、なかなか難しい問題であるが、査読者側では比較実験に必要以上に完璧さを求めてはならないと思われる。著者側では完璧な比較実験ができない場合に、提案方式が優れているということをいかに理解してもらうかという観点で実験を行なっていただきたい。

(4) むすび
ここでは得られた結果をまとめる。得られた結果以上の効果を主張することは慎まなくてはならない。必要以上に効果を主張すると、査読者から効果を実証するための実験が不足しているとの指摘を受けることになる。
また、論文のページ数が限られているため、十分に議論できなかった点があったり、さらに別の効果を主張するための実験ができなかったような場合には、これらを今後の課題として指摘する。これによって論文が到達した点と未到達の点を明らかにすることができる。

4. 特に査読者へ

「xxの説明を追加せよ」「xxの実験を追加せよ」という指摘は、一般的には「条件付採録」の条件としては好ましくない。本学会の場合、大きな修正が必要な場合には「条件付採録」ではなく「不採録」とするように定められている。「xxの説明」が極めて単純である場合には、こういう条件があってもかまわないが、一般的には、その説明の回答によってさらに別の疑問が生じる場合がある。そのような場合、再度「条件付」にしたくなるのであるが、本学会では「条件付採録」の判定は1回のみ許される。実験の追加も、もし追加の結果が悪いほうに出た場合を考えると、安易に条件とすることはできないということに気づくであろう。
強いて条件とするのであれば、少なくとも「xxの説明を平易に、かつ他の部分と矛盾することなく追加せよ」(これによって、さらなる疑問がわかないように)とか、「xxの実験を追加し、yyより良い結果であることを示せ」(これによって、悪い結果なら条件不満足で不採録となる)というように、満足・不満足が明らかなように条件を示す必要がある。また条件付採録の通知を受けた著者も、この問題点をよく理解した上で採録条件文の意図を誠実に読みとる必要がある。
新しい方法が古い方法より何もかも優れているということはまれである。たとえば、論文の方式は従来方式より実行速度が速い、と主張された際、従来方法より精度も良くなくては採録できないと判定するのは誤りである。従来の精度より格段に劣っている場合には問題であるが、少なくとも従来と同等程度であれば、速度が速いという点を評価すべきである。さらに、精度が若干劣っている場合でさえも、速度が速いということが重要である場面が想定されるならば、速度が速いということに価値が認められるかも知れない。
この判定は、まえがきに書かれた課題がどういうもので、それを解決できたかどうかということが判断基準となる。ただし、課題が全く取るに足らないものであれば、それを指摘して不採録とすることは可能である。この場合でも、査読者の価値観を押し付けてはならない。「xx方式はyy方式より価値がない」という理由で不採録にするのなら、それが客観的なものでなくてはならない。一般には、方式の優劣は環境条件で変化することがあるため、著者が主張する環境条件では、yy方式よりxx方式に価値があるかも知れないということを念頭に置くべきである。
原則としては「石を拾うことはあっても玉を捨てることがないように」という思想で査読していただきたい。これは査読を甘くするということではなく、積極的に価値を認める態度で査読に臨んでいただきたいということである。

5. 特に「不採録」と判定された著者へ

前節で述べたように、本学会では「条件付採録」の判定が1回のみであるということが定められている。他学会のように「照会後判定」ということはなく、「条件付採録」も「採録」の一種と考えて良い。逆にそれ以外は「不採録」しかないわけである。従って、「不採録」の判定に失望する必要はない。優れた研究であれば、査読結果が「不採録」でも「再投稿」を促されているはずである。もし「再投稿」を促されていたら、「不採録理由」は採録のための条件の一部(あくまで一部である)と考え、是非それを修正するとともに論文中の類似点も修正して再投稿していただきたい。

6. むすび

論文と査読のレベルアップという観点から、意見を述べた。これはあくまで和文D論文編集委員会の意見であり、世の中の論文は元より、電子情報通信学会の論文全てに当てはまるものではない。
最初にも述べたように、和文Dでは、年間500件以上の投稿を扱っており、編集委員、査読委員への負荷は多大なものがある。また採録率はほぼ半分で、著者の修正・再投稿にも多くの労力と時間を要している。この小文が、著者、論文と査読の質を向上させ、こうした労力の軽減に貢献できれば幸いである。

以上