The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


電気系の危機と科学技術立国としての日本

 エレクトロニクスソサイエティ会長 中沢正隆

 エレクトロニクスは,ありとあらゆる製品に取り入れられ,今や空気のような分野である.しかしふと思うのは,余りにも身の回りに普及し過ぎて当たり前のものになり,若い人はそのような分野にはもう研究などする余地がないと考えているのではないだろうか?ある人に光通信の講演を学生にして頂いたとき,レポートを提出させたのであるが,その中に「光ファイバ通信技術は確立され,もうやることはないと思っていました.」という感想があった.学生が電気系技術の中に新たな息吹を余り感じ取れなくなっているのは問題である.例えば携帯電話機をあそこまで小さくするには様々なハイテク技術が入っている.にもかかわらず,本体が安く売られるような,使用料金で利潤を得るための道具としてのハードには辛いものがある.エレクトロニクスを研究開発している人はこんなに面白いことがたくさんあると思っているのに,学生はやることが余りないと思っているに違いない.今こそ本気でエレクトロニクスの面白さを若い人たちに教え啓発していかなければ我々の未来はないように思う.一人一人が若い人たちにエレクトロニクスの重要性を,ハードの重要性を含めて熱く語らなければならない.理科離れといわれて久しいが幼稚園児,小学生,中学生,高校生などに対しても我々は真剣に啓発していくべきである.

 今日の日本の科学技術の発展を見ると,古くは中国やインドからまた最近では欧米から,多くの科学技術や文化を取り入れ今日の豊かな地位を築いた.しかし,スイスの国際経営開発研究所が発表しているように,日本の世界における国際競争力・企業家精神・経済のニーズに合った大学教育などはかなりランクが低い.21世紀は日本から先導性のある電子情報通信(IT)産業を世界に示していくことが強く望まれるのであるが,そのためには小学校から大学までの充実した理系のカリキュラムで知識を学び,それを自分のものとしていろいろなものに役立てる能力を身に付けさせることが重要である.衣食が足りハイテクに囲まれた若い世代に,どこまで自立して科学技術に興味を持たせることができるか,日本にとって試練のときである.

 また,日本には資源が少ないため,もの作りによって産業を発展させなければならないといわれるが,そのためには付加価値の高い技術開発が重要である.アジアを見ると韓国や台湾に半導体や液晶技術が押されているが,戦後日本が安い人件費と勤勉さで今日を築いたように,彼らも全く同じことをしているのである.今まで日本は基礎や応用の技術を高めたのではなく,生産性を高めただけではなかっただろうか.しかし低コスト化だけに終始する技術改良では,やがて産業を他国に奪われるだけである.今後は,付加価値の高い商品に目を向けた産業構造を構築すべきである.この面で米国は15年以上前に,またヨーロッパも近年いろいろな大型プロジェクトを打ち上げている.しかし,実は“大学の新しい知識と企業の伝統あるエンジニアリングを融合”した産官学共同は日本が世界に向けて一番率先してやらなければならないことなのである.

 なぜなら,日本の科学技術は終戦後高々60年であるのに対して,欧米には100年以上の科学技術に対する造詣の深さがある.インターネットやマイクロプロセッサなど,今でも先端技術の「黒船」がやってくるのは,いつも一歩先んじられているからである.このような状況において,我々が欧米の産業発展に引けを取らないようにするためには,理系人材の若いときからの育成や産官学連携などによる付加価値の高い産業の創出が重要である.日本の文化を通じてこれらが実現できるとき初めて,確固たる科学技術立国日本の将来があるように思われる.


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