The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


仮想社会10周年

東京支部長 青山友紀

 インターネットが一部の研究者や技術者のツールからブラウザが登場し一般の人々の通信手段や情報収集手段として広まってきたのは1994〜1995年ころであるから,今年は一般ユーザにとってのインターネット10周年といってもよいであろう.この間のインターネットの拡大は目を見張るものであり,100Mbit/sのFTTHユーザが200万加入に達するまでに成長した.インターネットの拡大に伴って一つのビジョンが提示された.すなわち,仮想社会(サイバーソサイエティやバーチャルソサイエティとも呼ばれる)というビジョンである.実社会で我々が日常利用する物事や組織,例えば商店,銀行,学校,図書館,美術館,病院,役所窓口などなどをインターネット上に構築し,利用者は実社会で生活するようにネット上の仮想社会でも生活できるようにすることによって生活の選択肢を増やし,より豊かで便利な社会を構築しようというビジョンである.10年たった今日,多くの商店がネット上に軒を連ね,ネットオークションでものの売買がなされ,インターネットで資格試験の勉強をし,ネット上で碁やゲームを楽しみ,新聞はWebで読むなど実社会と同様に仮想社会を利用することが当たり前になった.それは明るい面ばかりではなく暗い面でも実社会を追随しており,ネット上の犯罪が多発し仮想社会の安全性が叫ばれている.

 仮想社会は実社会を模擬するばかりではなく,その最も得意な情報発信能力を生かして実社会にはなかったメディアを発達させつつある.“2ちゃんねる”や“Blog”である.2ちゃんねるは批判も多いが,そこのあるスレッドで展開されたチャットから電車男というベストセラーが誕生した.2ちゃんねるとは縁遠い私も電車男を読むとそこで展開されているのは誹謗中傷ではなく,心の温まるやり取りがなされている.ある事件が起きるとテレビや新聞よりまず2ちゃんねるを見るという人は多い.パブリックなメディアの書かない本音の情報があるという.双方向のやり取りで生情報を共有する点も既存メディアと異なる.もちろん少年加害者の実名が明かされたりする問題も多い.この仮想社会の匿名チャットが放送,新聞,雑誌などの実社会メディアに混じって今後どのような役割を演じるのか興味深い.

 我々の生活の選択肢を増やす目的の仮想社会が実社会と競争し,その存在を脅かす事態も起きつつある.身近なところでは学会も大きな影響を受ける.学会の重要な機能は会誌,論文誌,技報,書籍の出版と大会,研究会,講演会の開催である.出版物はすべてネット上で閲覧できるようになるであろう.そのとき,会員であることのメリットを保持し,会員数漸減に歯止めをかけるにはどうすればよいのであろうか.大会,研究会をすべてインターネット配信する可能性はそのコストと得られる収益から見て高くはないがそれに参加する人々はアクティブ会員と呼ばれる一部であり,それだけで会員増を図ることは難しいであろう.2ちゃんねるのような会員チャットの場を学会が提供するというのはどうであろう.学会という学問を扱う場で匿名で議論をするなどとんでもないとお叱りを受けそうであるが,匿名であるがゆえの真実も出てくるかもしれない.これは単なる思いつきであるが,仮想社会10周年を迎えて仮想社会の学会とはどうあるべきなのかよく考える時期に来ているのではないだろうか.


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