The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


過去と未来をつなぐ現在

会 長 甘利俊一

 日本も世界も,そして文明も今大きな曲がり角にある.私たちの状況は安易なものではなく,現状をよく見極めなければならない.現在は過去の集積であり,それは未来へとつながるものである.だから,過去を眺め,現在を分析し,未来を語ることは,何年か後でそれが過去の判断として評価されまた糾弾されることになる.

 過去60年ほどを見よう.私たちは歴史上まれに見る変化に満ちた時代を生きてきた.年長の会員にとって,これはまれに見る幸運な時代であった.私の子供のころは戦後の窮乏の時代で,記憶といえばいつも空腹だったという飢えである.そのうちに社会は復興したものの,学生時代はまだ海外旅行とか車を運転するとか,アメリカ流の文明を享受するように日本がなるとはとても思えなかった.未来を見極める私の構想力が貧困であったといわれても仕方がない.この時代の人たちの努力の賜物である経済成長とともに,海外旅行も車も当たり前のことになり,マルチメディアの文明を楽しんでいるのが現在である.

 社会を見れば,終戦の混乱期から冷戦の時代を迎え,それが終わって今はアメリカのグローバリズムによる一極支配の構造が顕在化する.しかしこれは拝金権力主義ともいうべき無茶な体制である.中国,インドなどアジアの勃興が始まり,ヨーロッパもEUになる.この狭間で,過去の栄光,それを作り出した自信とともに,転換期に舵をうまく取れずに多くを失った日本のこれからが問われている.

 何といってもこの時代は科学と技術が驚くほど進歩し,それとともに新しい文化が育ったのであった.物質,エネルギー,生命,情報と,すべての分野にわたって驚異の発展を遂げて,快適な生活を可能にした.しかし,今やエネルギーは枯渇しようとし,物質は地球規模の環境汚染を引き起し,正に文明の存続をかけて環境問題が問われている.生命科学の進歩は人の命の仕組みを明らかにしたが,一方で技術としては可能な遺伝子操作をどう取り扱ったらよいのかという,人間の尊厳とその本質にかかわる問題を提起する.生命倫理として何ができて何をしてはいけないかを文明のシステムの中で総合的に考えていかなければいけない.情報技術もただ便利だというだけではすまない.情報の洪水の中での人と社会と情報のあり方,情報と生命科学との結びつき,意識を持ったロボットなど,新しい技術が提起する文明の問題を今避けて通るわけにはいかない.

 科学と技術の発展が先導して社会と文明が大きく変り,今そのあり方が問われている.その中に日本があり,そして企業が,大学が,そして私たち個人がいる.我が電子情報通信学会も,過去の栄光を支えてきたが,今新しい時代にどう適合し,未来をどうつくっていくのか,大事な曲がり角にある.私たちは過去に努力し,その結果楽しんできたが,今困難をも共有している.この時代に生きて,私たちは未来から見て恥じることのない決断を下していかなければいけない.


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