The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


新たな学術研究の振興

会 長 伊賀健一

 文部科学省と日本学術振興会に科学研究費という,大学を中心とする研究を応援するプログラムがあります.このたび,学術研究という制限はあるものの,申請できる機関や個人の範囲を広げ民間企業からも可能となりました.そこで,学術とは何かについて考えてみましょう.「学術」という言葉は,明治のちょうど半ばに現れたようです.「科学」よりも広い学問と芸術を含んでいます.「学術」を「基礎」と「応用」とに分けるというやり方は適当ではないように思いますので,以下は私の考えです.

 まず「発見・理解の学術」があるのではないか.宇宙や素粒子など,今まで分からないものが世の中にたくさんあって,それを見つけようという「学術」です.それからもう一つ,現象はあるのだけれども,その仕組みを理解しようとするものです.これらを「発見・理解の学術」といいます.例えば,クーロンやファラデーの発見をもとに,マクスウェルは「変位電流」という概念を導入して電磁界の振舞いを統一的に理解したのです.

 次は,「創造的な学術」です.これは工学(エンジニアリング),文学,芸術のようなもので,今までなかったものを創り出すという作業です.例えば,テレビジョンを例に取ると,時間を無限大にもっていっても自然に出てくるという確率はゼロです.音楽もそうで,例えば,モーツァルトがいなかったらモーツァルトの曲はできなかっただろうし,最後の曲である「レクイエム」は彼が全部完成させているわけではないので,補筆部分はどうもモーツァルトらしくない感じがします.

 三つ目は,どちらにも属さない性質を持ったものです.我々が社会を安定に,しかも健康に生活できるための「学術」です.例えば法学,政治学,経済学,心理学などの学問,それから農学や医歯薬学のような分野,それから工学の中でも土木,建築,エネルギー,環境,情報などといった「学術」では,仕組みを作ったり,我々が健康でかつ快適に生活できるための事柄を「学術」としてやっていくものです.

 このような見方をすると,先ほどのように基礎と応用という仕分けをするよりも,どのような学術分野においても,基礎と応用があることが分かります.もちろん「基礎科学」と一言でいう第一番目の発見・理解の科学や技術には基礎の部分が非常に多いわけです.しかし,例えばニュートリノの発見にしても,光電子増倍管という工業製品を使って,それを応用したという側面があるので,すべてが基礎というわけでもなく,いろいろなものの複合です.

 工学にしても,分かったものや存在するものを,ただ応用するのかというとそうでもない.例えば,私どもが研究していた面発光レーザというデバイスを実現しようとすると,原理そのものはもちろん,いろいろな材料を用いて今までなかったものをどのようにして作るか,仕組みをどのようにして理解していくかといった基礎の部分をもとにして,想像力を働かせて新しいものを創っていくという作業をします.

 したがって,三つの中でどれかを重点的にやるというのではなく,基礎的な部分も発展的にする部分も,バランス良く発展させることが我々の国が発展し,なおかつ世界に寄与するもとになります.「学術研究」あるいは「文化」は,長期的な意味でいうと国の安全保障に非常に大きな役割を果たしますし,将来にわたり日本が国際的に仲良くやっていけるもとだと思えるのです.

 (詳しくは,http://wwwsoc.nii.ac.jp/arf/index.html)


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