The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


学会と“教育”

編集理事 吉田 進

 「teachingとeducationを共に“教育”と訳したのは重大な“誤訳”である.」昔,研究者として駆け出しのころ,元会長の川上正光先生が講演の中で力説された言葉がずっと耳に残っている.「teachingは知識を一方的に教え授けることであるのに対し,educationは本人が持っている潜在的な能力を引き出してやることである(edu-は外へという意).日本では“教育”=“teaching”と誤解され,teachingに片寄りすぎている.学校ではもっとeducationを行うべきである.」といった趣旨の発言をされたと記憶している.「授業では,正しいことを涛々としゃべるより,たまには間違ったことを言った方が学生の注意を引き“しっかりしないと”と本人のやる気を起させる場合がある.」とさえ言われた.それ以降,ずっと大学において“教育”に携わってきたが,果たしてeducationが行えたかというと極めて心もとない.場合によっては自由放任することで本人の危機感を触発し伸びることがある一方,自分を制御できずに安易な方向に向かう若者がいる.最近はJABEE(日本技術者教育認定機構)の審査に見られるように学生が理解し得た教育内容のレベルが問われる時代になってきた.ネットワークを利用した遠隔教育,特に学生がいつでも利用可能な教材のネット上での提供等の重要性も指摘されている.ただ,educationを行うためには奥深く幅広い知識や確かな見識,更には十分な準備時間が必要であり,多忙極まる現在の教員には悩みの種である.また実際にeducationが行えたかどうか,その評価方法も難しい.

 といっても“教育”は奥が深く簡単に語れるものではないが,やはり日本の現状には危惧せざるを得ない.大学に籍を置く身として受験競争の弊害には頭が痛い.論文面接等による多様選抜入試にも限界があるように思われる.優秀な人材こそ,小中学校の教員になるべきだと思われるのに,“でもしか先生”と揶揄される時代があった.その後しばらくして,若者の理科離れが問題視されるようになってきた.顕在化しかけてから様々な対策が取られるようになってきた.本会でも“子供のための科学教室”が企画され継続的に行われている.また,出前講義も行われている.これら子供たちに科学の不思議について目を向けさせ,探求してみたいというインセンティブを与えることは極めて重要であり,もっと強力に取り組む必要があるように思う.特に,地元の地域に密着した本会の支部が中心となって,電子情報通信技術の専門家である本会会員がそのからくりを説明し,分かりやすく魅力的な講義をしていくことが大変有効ではなかろうか.とりわけ,経験豊かな先輩の方々を大いに活用させて頂き若者向けに含蓄のある講義をしてもらってはどうだろうか.

 一方,本会の国際化についてもいろいろと検討されておりアジア地区で地域代表者制度が始まった.その中で,複数の海外の方から本会の国際化を図る上で,IEEEのdistinguished lecturerにならった IEICE distinguished lecturer制度を作り,海外でもっと日本の会員に講演をしてほしいとの声も聞いた.現在英文論文誌を足がかりとして国際化の準備が着々と進められつつあるが,海外で使ってもらえる英語の教科書の執筆や優れた講師の派遣など,教育面での本会の貢献には期待が大きいのではなかろうか.優れた留学生の確保も重要である.日本で学位を取った留学生が母国に戻り重要な役割を果たす例が増えていると聞く.真の国際化にはこのような優れた留学生の確保が不可欠であり,本会としてもあらゆる面でも貢献が期待されているように思う.

 時代は今まさに情報通信革命のさなかにあり,特にネットワークは高価で通信事業者が管理する時代から,だれもが“日曜大工”的に無線ネットワークが組める時代になってきた.公私・広狭様々な品質のネットが混在し,それらを利用したビジネスモデルが切望されている.今こそ,時代の流れを読み柔軟な思考ができ新しい展開を指向できる人材が要請されている.次世代を担う若者の啓発,社会人のリフレッシュ教育,新しい時代を切り開いてくれる人材育成,更には国際化など,様々な“教育”において本会の果たすべき役割はますます大きくなっている.


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