The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


世代の更新なのか,パラダイムのシフトなのか

総務理事 青山友紀

 技術革新は世代(Generation)の更新をもたらしてきた.コンピュータでは真空管,トランジスタ,IC,LSIと第4世代まで世代交代が行われてきた.今身近な存在の携帯電話は1Gアナログ,2Gディジタル,そして今3Gの携帯電話が登場している.世代の更新が進んでいるときはその領域の技術革新が進展しているときであり,またそのシステムが時代のニーズにこたえ,大きなマーケットを構成しているのが普通である.したがって,その研究開発には膨大なリソース(人と予算)が投入され,それまでの基本的枠組みの延長線上に次世代を想定した技術開発が行われる.我々の記憶に新しい典型例を二つ取り上げよう.

 コンピュータの世界では第4世代の次は人工知能の機能を有する第5世代コンピュータのプロジェクトが大きなリソースを投入して推進された.その基本概念はそれまでのメインフレームコンピュータの集中制御型アーキテクチャの延長線上に描かれていた.現在そのプロジェクトが目標とした第5世代コンピュータが我々の周囲にメジャーな存在として活躍していることはない.第4世代の次の世代はなかったのであり,メインフレームからパソコンへとパラダイムが大転換したことはDavid Moschella(“覇者の未来”の作者)が指摘したとおりである.現在パソコンは我々の必需品として利用され,マーケットをリードする主役として存在している.

 一方,通信の世界では,電話網が全盛を迎え,アナログ網からディジタル統合網(IDN),更にISDNへと世代を更新していた.次の世代はだれが考えても広帯域の時代であり,電話,FAXに加えて画像やデータを疎通させる次世代電話網としてB-ISDNのコンセプトが策定され,膨大なリソースを投入して研究開発が推進された.筆者もその開発に参画した一人である.しかし現在そのB-ISDNはどこにも存在しない.ISDNの次の世代の電話網はなかったのであり,ネットワークはテレホンからインターネットへとパラダイムの大転換が進んでいることはだれもが認めるところであろう.インターネットは21世紀のネットワークインフラとして発展を続けており,我々の必需品となりつつある.

 この二つの例に見られるように全盛の時代に次世代を想定し,それに膨大なリソースを投入して研究開発を推進したが,その目標どおりの次世代は存在せず,ほとんどの人々が想定しなかったパラダイムシフトが生起した例はこれ以外にも多々見られるところであり,研究開発というものの恐ろしさを痛感させられる.

 さて,現在次世代の開発・導入に大きなリソースが投入されているプロジェクトの代表例は「次世代インターネット(その中心のIPv6)」と「第3世代携帯電話」である.いずれも現世代のアーキテクチャの延長線上に次の世代を描いている.それに加えていずれも各ネットワークで主役を演じてきたパソコンと音声移動電話から,それ以外の多様な端末・コンテンツの接続・流通を想定している.これがそのとおり世代の更新として成功するのか,あるいは第5世代コンピュータやB-ISDNのように幻に終わるのか現段階で断言できる人はほとんどいないであろう.しかし,世代更新の成功事例とパラダイムシフトが起って次世代がなかった事例をよく認識しておくことは重要であろう.そして大学人としては膨大なリソースを投入した次世代開発より,パラダイムシフトを先取りする研究に参画することが求められていると考えている.


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