The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


近ごろ思い出したこと

副会長 安田靖彦

 20 年程前,筆者は文部省在外研究員として米国へ1年間出張し,客員とし て中西部のある有力な大学の電気工学科に滞在した.そこでの経験の一つとし て,博士論文の審査の仕方を知りたいと思い,関心のあるいくつかの博士審査 の主査教授に頼んだところ,いずれも快く承諾されオブザーバーとして出席し た.予備審査と本審査があって,5 人前後の関連教員で質疑を含め2時間程度 かけて審査をするところは東大の審査方法とほぼ同じであった.また,論文も それほど驚くような程度のものではなく,安心したのであった.

 その中の一つに画像符号化に関する論文があった.予備審査に出席した後で, 留守を守ってくれていた研究室員から送られて来た本学会の春期全国大会の予 稿集に目を通していたところ,ある研究機関からこの論文とほぼ同じ方式が発 表されていたのを見つけた.洋の東西で同時期に同様の発想が生起したのは, 面白いことである.そこでこの事実をその博士課程学生に伝えたのであった. 当方としては親切心からのつもりであったが,後で反省してみるとこれは少々 無神経なことであったかもしれない.しかし,研究者であれば都合の良くない ことであっても,事実を知ることは何より大切なことと思うべきであろう.と ころがこのアメリカ人学生は違った.それからしばらくして,学科の教員達に, 「ヤスダが自分の論文の内容を漏らし,同じようなことを日本でやらせている. だから,審査に参加させては困るのだ」という趣旨の文書がばらまかれている のを知った.驚くと共にこれは放って置くわけにはいかないと直感した.大人 げがあるないの問題ではない.日本人の名誉に関する事柄である.

 そこで,本会の全国大会の予稿は開催日の少なくとも3か月以上前,私が日 本を発つ前に投稿されたものであり,学生が主張するようなことは物理的にあ り得ないこと,また,予備審査で聴いた内容を他人に通報するような信義にも とる行動をするはずもないこと等を縷々説明する文書を作り,全国大会の関連 部分のコピーを証拠として付けて,くだんの学生がばらまいたと思われる教員 達へ配布した.一時的に波風が立ったのかもしれないが,私のこの対応は結果 的によかった.残りの9か月余り,IEEE の Proc. に論文を書き,全米を東西 南北家族ともども車で旅行し,多くの人々と交流を深め,当地で覚えたゴルフ を楽しむ等,その後の留学生活を快適に過ごした.

 個人であろうと国家であろうと,国際社会でいわれのない攻撃を受けた場合, 言葉にはことばで,力にはちからで,断固として反撃する以外に自己救済のす べはないのである.


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