3. 日本の現実はどうだったか

  今から15年前だが,この「大国の興亡」に勇気付けられたのを覚えている.しかし日本はバブル時代に浮かれ,「もはやアメリカに学ぶものなし」という新聞論調も出ていた.これに対してアメリカの識者は,日本のスーパコンピュータの開発やロボットの普及に注目し,「日本との技術開発競争の熾烈さはソ連との政治および軍事競争の比ではない」と考えていた.冷戦たけなわな時代の強力なソ連に対してである.正に力ある人が力ある人を分かる,である.アメリカ社会の知的レベルの高さを表している.では日本の現実はどうだったろうか.

 (1) 斜陽産業の穏やかな消滅――行政指導――
  旧通産省の政策はうまくいき日本を経済大国にした.現在進められている道路や郵政に関する政策の検討は,新しい効率的な社会を目指した生みの苦しみかもしれない.これについては,森嶋通夫著「なぜ日本は行き詰まったか」(3)の見解を後で紹介する.

 (2) 研究開発(R&D)の大きい部分を企業が担当
  「大国の興亡」には,日本の技術開発費の巨大であることの記述が随所に出てくる.私はある企業のフェーズドアレー(電子走査する最新型レーダ)の開発に関係したが,グループリーダーが度々“成長貧乏”と言っていた.企業の利潤が次の研究開発に回されるからである.バブルが終わって企業が緊縮予算になると,技術開発費は極端に減少した.若い担当者が「これで日本の技術は弱くなる」というのには,実感がこもっていた.

  代りに増大したのが「政府や大学の予算」である.企業のR&Dは直接市場をねらうから効率良いが,政府の研究開発予算は公共投資との考え方もあり,「直接市場をねらう」ことから遠のくようである.

 (3) 国民の高い貯蓄率
  アメリカでは伝統的に個人のローンと消費を奨励するため,日本より多くの税金が社会福祉や年金に使われているという.日本も年金制度が充実すれば,老後のための貯金を消費に回し景気の浮揚に貢献するのだろう.

 (4) 国内市場の保障と流通機構
  予測に反してグローバルスタンダードが普及し,国内外の市場が日本の企業に保障されなくなった.企業の余力が減少したため元気がなくなったといえる.

 (5) 理数系に強い多数の優秀な技術者
  日本経済が絶頂期のバブル時代には,余裕ができたためか小学校の算数や理科は「ゆとりある教育」となった.子供の「理科離れ」とともに,大学の文系学部卒業生の給与が高いこともあって,工学部の人気が落ちてきた.日本の子供の数学の成績は優秀,という(5)の予測が当たるのはバブル時代までであった.


 4. 「日本はなぜ行き詰まったか」の予測

  この森嶋氏の著書は2050年の日本の状態を論じている.この本の結論は最後の「第8章 21世紀の日本の前途」にあるが,長い文章のため次に要約を紹介しよう.

   国家資本主義から競争資本主義へ
  資本主義社会は,封建社会から一挙に近代的な競争資本主義に到達するのではなく,過渡的な国家資本主義を経ている.日本では1980年代のバブル期までが国家資本主義で,現在の日本は国家資本主義から競争資本主義への転換に苦しんでいる,という.

  この国家資本主義から競争資本主義への道は非常に難しい,と森嶋氏は強調している.封建制度がなかったアメリカは,初めから競争資本主義でプロテスタントの精神が大きい役割を果たした.日本の国家資本主義を成功に導いたのは,プロテスタントに対応する儒教で教育された指導者とその影響を受けた戦中派だそうである.

   東アジア経済共同体
  21世紀における日本没落の第一徴候は人口の急減だが,これを避けるため森嶋氏は中国,日本,南北の朝鮮,台湾からなる東アジア経済共同体を提唱している.その一部分を次に紹介する(366ページ).

  (現在の日本国民は)衰退期のローマ人のように全く身勝手で,快楽主義で,規律がなく,そして真の指導力に欠けている(中略).(改革できる)資格のある人々を得るには,大体40年か50年のオーダーの長い時間がかかる.(中略)この期間を通じて,日本は現在所属しているよりもずっと低いと見られているクラスの国の一つとして広く知られるであろう.(中略)このようにして日本は,国家資本主義を競争資本主義に転換するに必要な,時間がかかり,手間のかかる仕事を成し遂げるのである.

  最後に,東アジア共同体の加盟国は身体的にも文化的にも似ているので,共同体関係の仕事にたずさわる日本人は,その歴史的親密感のある雰囲気のなかでより自由に働くだろうことを付け加えておかねばならない.(中略)生活水準は相当に高いが国際的には重要でない国であるのは,それほど不幸なことではないであろう.これが21世紀半ばの日本についての私のイメージである.

 

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