■3. 衛星設計コンテスト

 このように,教育的にも宇宙開発の活性化にも極めて効果的であるはずの小型衛星分野であるが,日本の欧米からの立ち遅れは,1990年代当初には顕著であり,その問題意識の中から衛星設計コンテストが生まれた.1992年より,日本機械学会,電子情報通信学会,日本航空宇宙学会からの有志が手弁当でその発足に尽力し,翌1993年に第1回のコンテストが開かれた.その目的は,宇宙開発の参画者の底辺の拡大と,上記のような小型衛星プロジェクトを大学の学生主導で立ち上げるための助走である.もちろん,コンテストの最終目標は,「優れた作品を実際に打ち上げる」ことにある.

 衛星設計コンテストは,衛星ミッションのアイデア及びそれを実現する衛星の設計を競う「設計の部」と,ミッションのアイデアを主として競う「アイデアの部」に分かれている.提出された作品(書類による)は,宇宙工学の専門家による一次書類選考にかけられ,合計で10件程度が最終選考会に進む.最終選考会は学会のような発表会形式であり,衛星の模型,コンピュータグラフィックスをふんだんに使った発表により,ミッションや設計をアピールする.それを一次審査にも携わった専門家が,アイデアのオリジナリティと有効性,設計の工夫,フィージビリティ,発表のアピール度などの観点で総合評価し,設計大賞・アイデア大賞・3学会の賞などが与えられる.毎年,学生ならではの,既成の概念にとらわれない斬新な設計,また,時には多少荒唐無稽なアイデアが例年20〜30件提出され,審査委員は相当苦労して審査されているようである.

 記念すべき第1回(1993年)の設計大賞は,衛星のWake内で衛星から後方に放出した物体が,大気抵抗の差により再び衛星に戻ってくるキャッチボールの原理を利用して,良好な無重量実験環境を作ろうという作品が,またアイデア大賞は地上からの発信電波を衛星が受けてその位置を割り出すセキュリティシステム衛星が獲得した.ミッション・アイデアはもちろん,フィージビリティの詳細検討や設計の厳密性・工夫が高く評価された(1).また,特筆すべきは,第1回で電子情報通信学会賞に輝いた「鯨生態観測衛星」が,その後,提案大学(千葉工大)の努力で実際の衛星として製作され,2002年に打ち上げることとなったことである(図1).この背景には,コンテストを一つのきっかけとして,打上げ機会(ピギーバックという,大きな衛星の横に小さな衛星を相乗りで打ち上げる方式)の探索を行ったことが実を結んだこともあり,このコンテストが日本における小型衛星業界全体にとっても大きな貢献を果たしたといえる.

図1 鯨生態観測衛星  鯨につけられたプローブがGPSにより現在位置(鯨の位置)を計測し衛星に送る.衛星はそれをデータ収集局へと中継することにより,全地球規模で鯨のトラッキングができる.

 

 その後,1998年の第6回,1999年の第7回では,設計の部にテーマ(月周回衛星,静止トランスファー軌道衛星などの制約)が設けられ,ミッションのアイデアよりは設計の工夫を重く評価しようという試みも行われたが,現在は,再び自由なテーマで募集が行われている.2000年の第8回では,故障した衛星を捕まえる腕を持つ「たこ型衛星」がアイデア大賞を,ジェットを噴出して相手の衛星に当て,その運動を制御して捕まえるなどの作業を行う衛星が設計大賞を取った.いずれも軌道上のサービスミッションを想定したものである.2001年の第9回最終審査会は10月21日に東京都立航空高専で開かれた.結果等の詳細は事務局である日本宇宙フォーラムのホームーページ(2)を参照されたい.

 衛星設計コンテストは,ここで力をつけてきた大学が,後で述べるように実際の衛星作りに進んでいく「登龍門」として重要な役割を果たしてきており,当初の目的は十分に達成したといえる.今後は,コンテストと宇宙機関・宇宙関連企業との連携を更に強め,ここで賞を取った衛星が定期的に打ち上げられるような環境を整備していくことを目指している.



2/5


| TOP | Menu |

(C) Copyright 2000 IEICE.All rights reserved.