電子情報通信学会会誌

Vol.85 No.3 pp.166-170
2002年3月
佐藤宏介 正員 大阪大学大学院基礎工学研究科
塚本敏夫 (財)元興寺文化財研究所

3D Measurement and Recognition of Ancient Relics and Remains.
By Kosuke SATO, Member (Graduate School of Engineering Science, OSAKA UNIVERSITY, Toyonaka-shi, 560-8531 Japan) and Toshio TSUKAMOTO, Nonmember (GANGOJI INSTITUTE for Research of Cultural Property, Ikoma-shi, 630-0257 Japan).







 考古学分野での三次元イメージ利用の現状について概観し,工業分野で既に実用化されている三次元計測システム(レンジファインダ)を用いた考古遺物のディジタル保存法について解説する.続いて,三次元イメージをどのように考古研究に活用できるかについて,形状比較,同笵分析,レプリカ作成,拓本合成などの研究事例を紹介する.
キーワード:三次元計測,可視化,拓本,同笵,ウェアラブルコンピュータ


■1. は じ め に
 

 考古学の研究は遺物の型式学的研究が基本となっている.したがって,遺物が形として持っている情報を最大限に引き出し,その資料的価値を残すことが重要である.しかし,現状では膨大な出土量を抱え,整理・保管・保存処理に迅速な対応をとることは難しい.発掘後の遺物は劣化を続け,経時変化とともに資料的価値を失っていくものも少なくない.その結果,誤った資料による考古学的研究は過去の社会像をゆがめる危険性を持つ.文化財は有限なものであり,とりわけ変形の激しい埋蔵文化財は資料的な価値を失わないうちに,考え得る手法を活用し一刻も早く保存することが大きな課題となっている(1)

 考古遺物の記録や研究に三次元イメージが利用され始めたのはここ数年のことである.ステレオ写真測量による立体図化が重要な遺構に対してなされることがあるが,まだ手作業による実測図の作成と写真による二次元的なデータ保存が主である.しかし近年,保存科学の立場から崩壊性の高い遺物のディジタルデータ化に三次元計測装置が利用され始めた(2),(3)

 本稿では,考古学分野での三次元イメージ利用の現状について概観し,工業分野で既に実用化されている非接触光学式三次元計測システム(レンジファインダ)を用いた考古遺物のディジタル保存法について解説する.次に,三次元イメージをどのように考古学研究に応用できるかについて若千の研究事例を紹介する.

 

■2. 遺物の三次元計測技術

 本章では考古学遺物の三次元計測を実施するにあたって,遺物計測特有の問題点と,それに適した測定法について説明する.

 2.1 遺物計測特有の問題点

 遺物に対して既存の形状計測装置を適用するにあたっては種々の問題点がある.
 (A) 遺物の種別ごとに研究上必要となる精度が異なる
 (B) 一つの遺物でも部位により必要精度が異なる
 (C) 遺物の形状が多種多様で凹凸が激しい
 (D) 遺物内面の形状計測も必要とされる
 (E) 計測対象(遺物)を自由に動かせない
 (F) 高精度の分割パッチ計測ではデータ量が膨大になる
などである.特に(F)は工業用のモデリングとは異なり,自由曲面の三次元点群データから解析的曲面に近似するのではなく,点群はオリジナルの精度を保つため点群のまま保存しなくてはならない.このためデータ量の削減は行えず,点群をそのままポリゴン化すれば実用的なメモリ量に収まらず,三次元グラフィックエンジンで描画することもできなくなる.考古遺物に三次元計測システムを導入するにあたっては計測装置の計測方式や対象視野のほか,遺物の種別,材質,形状,情報量の違い等により適切に選択しなくては満足な結果を得られる可能性は乏しい.更に,研究調査の目的に応じて,データの考古学上の質を劣化させずに効率良くデータ圧縮するモデリング法も,これから開発する必要もある.



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