石井でございます.今日は基調講演ということで,後である具体的ないろいろなお話のバックグラウンドになるようなことをお話し申し上げたいと思います.


■1. 21世紀はバイオの世紀


 21世紀はバイオの世紀だといわれております.それを裏付けるかのごとく,昨年の6月にヒトゲノムの全解読ができたという発表がホワイトハウスでなされました.予想ではもっと長くかかるだろうと思われていたのですが,予想をどんどん短縮しました.方法論的にも従来のバイオテクノロジーを超えた新しい分野が開けたというふうに申し上げていいと思います.

 ヒトゲノムそれ自体の成果をもう少し違う見方で見ますと,最近「i バイオテクノロジー」などといわれていますが,「i」というのはiモードなんかの「i」ですが,従来の主としてケミカルもしくはバイオケミカルなプロセスでのDNAの塩基対の分析を,もっと本格的にITを活用するということでブレークスルーできたということです.「本格的に」という意味は二つございまして,一つは従来のプロセスに情報処理とかメモリとか通信ネットワークとかのITを用いて解読を大幅に効率化したということです.もう一つは,同じものでも結果を視覚化(ビジュアリゼーション)したということで,非常に複雑な分子が見えるということがあります.何といっても第2の方が大事でございまして,今日はそちらの方を中心にお話しします.1990年代の終りころになりまして,いわゆるナノテクノロジーという分野,非常に微細なところがビジュアリゼーションで見えるということで,DNA自身の構造も見ることができるようになりました.これは,従来の単にケミカルなプロセスとは違う本格的なITの影響という根本的な問題点が出てきたことを意味します.



■2. フラクタルの世紀へ

 少し抽象的になるかと思いますが,チューリング由来のオートマトンモデルみたいなもので遺伝情報の分子構造へのメモリの仕方が分かったとか,増殖過程についてノイマンのセルオートマトンみたいな生物本来の持っている機能のモデル化ができたとか,ディジタル情報の通信とか情報処理を扱う場合のシャノンのモデルの適用とか,それらが一体となった点が一つの特徴です.そしてもう一つはフラクタル概念です.生物の体というのは本来非常に従来の見慣れた形よりは特殊な,少なくとも工学的な立場から見て特殊な構造をしています.例えば,DNAは一つ一つの細胞に全部入っているわけでありまして,これは情報として余りにも莫大な量があるということですが,これは現代の私たちが見てそう思うだけで,本来そういうのが生物です.生物は更に細胞になったり,その上のオルガンができたり,また更にその上というふうに多重的な構造になっております.

 形態につきましても,これを電子顕微鏡で拡大して見ていきますと,拡大度を上げるごとに常にぎざぎざの複雑な形が出てくるわけで,つるっとした単純な形はなかなか出てきません.いわゆるフラクタルの次元が整数ではなくて1.3とか2.なんぼとかになっています.そういうところでの新しいタイプの形態学というのが,実は主としてITの計算能力のアップとかディスプレイ能力のアップということがあって初めて取り扱うことができるようになってきたわけです.更に,そういう概念が浸透したということも重要でして,我々がそういうモデルで考えるようになったというのが大きな変化なのです.これを歴史の例で申し上げますと,ガリレオが天体を観察し,月の表面をスケッチして,月の山の影が地球上の山と同じように太陽との位置関係で変っていくということを見せました.それが今やだれでも望遠鏡で見えるわけで,そういう状況になりますと人々の間では従来の天動説から地動説に対して直感的にコンバージョンつまり転向が起るわけです.

 現在,私たちはDNAやヒトゲノムを当たり前に考え,医学にしろ生物学にしろ,これを抜きにしては考えられないという状況になっています.既にそのぐらいのコンバージョンが起っているのです.





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