電子波で見る電磁界分布 【 ベクトルポテンシャルを感じる電子波 】

外 村 彰

■6. お わ り に

 電磁気は,電荷を持った物質に影響を及ぼす存在である.物質に“力”を及ぼすと考えるときには,電磁気は電界や磁界で表せば事足りる.だが,“波の位相”を変化させると考える場合,電磁気をベクトルポテンシャルや電位で表すのが適切である.事実,無限に長い電磁コイルの外側には電界も磁界もないので,そこを通る電子は力を受けることなく,まっすぐに通過するだけである.だが,電子を波と考えた場合,そこにはベクトルポテンシャルが存在するため,位相のずれが生じ,その効果は干渉じまのずれとして実際に観測できる.これまで電子線の干渉実験は,技術的に大変難しかった.しかし干渉性の良い電界放出電子線(6)の出現によって,干渉現象がたやすく観測できるようになり,“電子の波”の位相測定から,ベクトルポテンシャルや電位を観測できるようになり,磁力線や等電位線が干渉顕微鏡像の形で可視化されるようになった.電磁気がより身近に感じられるようになったといえる.


図9、開発したばかりの1MVホログラフィー電子顕微鏡


 我々は,これまで干渉性のより高い電子線を求めて,電界放出電子顕微鏡の開発を繰り返してきた.そして今度1MVのホログラフィー電子顕微鏡をちょうど開発したところである(図9)(10).この装置によって,2×10A/cu・sterという,これまで最も高い電子線の輝度と0.5Åを切る格子分解能の世界記録が得られた.

 レーザ光の開発によって今日の科学や技術の驚異的発展が遂げられ,SPring 8 によってX線の世界が開かれつつあるように,高輝度電子線の出現によってミクロの世界を直接観察・計測できる電子の波動性を利用した手法が更に発展することが期待できる.また相対論や統一理論の手本となった電磁気理論は,こうした新しい実験手段の発展により,より深くより直観的に理解できるようになるであろう.




【 文     献 】

(1) J. Hendry, James Clark Maxwell and the Theory of the Electromagnetic Field, pp.55-57, Adam Hilger, Bristol, 1986.  

(2) J.C. Maxwell, ゛On Physical Lines of Force," Phil. Mag., vol. 21, partU, opposite, p.488, 1861.  

(3) M. Peshkin and A. Tonomura, The Aharonov-Bohm Effect, Springer-Verlag, Heidelberg, 1989.  

(4) R.A. Webb, et al, ゛Observation of h/e Aharonov-Bohm Oscillations in Normal-Metal Rings," Phys. Rev. Lett., pp.2696-2699, vol. 54, 1985.  

(5) A. Bachtold, et al, ゛Aharonov-Bohm oscillations in carbon nanotubes," Nature, vol. 397, pp.673-675, 1999.  

(6) A. Tonomura, Electron Holography-2nd Edition, Springer, Heidelberg, 1999.  

(7) 外村 彰,ゲージ場を見る,ブルーバックス,講談社,1996  

(8) A. Tonomura, The Quantum World Unveiled by Electron Waves, World Scientific, Singapore, 1998.  

(9) 外村 彰,“高温超伝導がここまで見える―動き回るミクロの磁束量子,”科学,vol.69, pp.429-434, 1999.  

(10) T. Kawasaki, et al, ゛Fine crystal lattice fringes observed using a transmission electron microscope with 1-MeV coherent electron waves," Appl. Phys. Lett., pp.1342-1344, vol. 76, 2000.




外村 彰(とのむら あきら)

昭40東大・理・物理卒.同年(株)日立製作所入社.
現在,同社フェロー.理・工博.平3学士院賞恩賜賞,
平11フランクリン・メダル(物理)各受賞.米国科学アカデミー外国人会員.
著書「ゲージ場を見る」など.





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