電子波で見る電磁界分布 【 ベクトルポテンシャルを感じる電子波 】

外 村 彰



図2、アハラノフ・ボーム効果


  AB効果は,電子線が電界・磁界がない領域を通ったのにもかかわらず,観察可能な効果をもたらすことを示す.すなわちEB もない所を通る電子線がA の影響を受けるだけで観測可能な効果を生じ得るというのである.図2中の電子源の1点から発し,二つの異なった道をたどり,電子線バイプリズムを通って再び1点で出会う2本の電子軌道を考えてみる.シュレディンガー方程式を用いてこの二つの電子の状態を解いたアハラノフとボームは,2本の電子線の間には次式で与えられる位相差Δφ が生じることを示した.



 位相差は二つの軌道に沿ったA の線積分で表されるが,ストークスの定理を用いれば,二つの電子軌道で囲まれた面を貫く磁束で表すこともできる.

 コイルが無限に長ければ,コイルに電流を流しても外部に磁界は生じない.それなら,コイルの外部でA も存在しないかというと,そうはいかない.ストークスの定理によれば,コイルをぐるりと周回するA の線積分が磁束に等しくなるので,どんなゲージをとってもA の回転成分が残るからである.かくして大変不思議な結果が得られた.電子は,コイルの外側のEB のない領域を通っているにもかかわらず,位相差が生じ干渉じまがずれることになる.つまり,A が観測可能な効果をもたらすことを意味している.こうしてAB効果は,ゲージ場が実在し,それだけで物理的効果をもたらすことを示す現象として,急に注目されるようになる.そして“ゲージ場”と呼ばれるようになったベクトルポテンシャルは,再び物理量と見なされるようになる.

 ところが1978年,ボッキエリとロインガーが,そもそもAB効果は存在しないという論文を発表したことで,ベクトルポテンシャルの実在性を巡って議論が沸騰する(3).まず理論的にAB効果は存在し得ない.また,これまで行われた実験では,コイルの両端から磁界が出ているので,AB効果の証明にはなっていない.



■4. アハラノフ・ボーム効果の実験

 理論上の議論は数多く繰り返されたにもかかわらず,AB効果論争の決め手にはならず,論文の数も200以上にも達した.これに決着をつけるには,完璧な実験を行うしかないと考えた我々は,考え抜いたあげくに微細加工技術の利用を思いついた.これを使えば,疑いのない実験ができる.

 1960年代に行われた実験は,いずれもまっすぐなコイルや棒磁石を使って行われている.これでは無限に長くしなければ,外部の磁界をなくすことはできない.しかし,無限に長いコイルを作ることは,実験的には不可能である.そもそも磁気漏れのないサンプルなどあり得るのだろうか?――磁石を曲げてN極とS極をくっつけてしまえば,有限の大きさで磁気漏れのない理想的なサンプルを作ることができる.ただ,電子線の干渉実験用のサンプルは非常に小さくなければならないので,完璧な実験は思考実験の一つと見なされていた.









(a) サンプルの構成図
(b) 干渉じま
図3 アハラノフ・ボームの実験

 

 微細加工技術を駆使することによって出来上がったサンプルを図3に示す.膜の特性を上手にコントロールすると,パーマロイの薄膜から四角いドーナツ形状を切り出しただけで,磁力線が内部をぐるぐる回って外に出て来ないようにすることができる.このサンプルに電子線を当て,孔の中と外の空間を通った電子線の位相を干渉じまの形で観察した.図3(b)に示した実験結果では,干渉じまが孔の中と外で6本分もずれており,AB効果は存在するという結果が得られた.



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