巻頭言

セカンド・ヒューマンルネッサンスに向けて -工業社会の忘れ物を取り戻す-

立石 義雄(オムロン株式会社 代表取締役社長)

私はこの機会をお借りしまして、今年、とりわけ今年度以降の展望と新たな時代への決意と期待を述べさせていただこうと思います。
振り返ってみますと、「冷戦構造の崩壊に始まり、投機的な資金による各国経済の混乱や、ITによる社会生活の大いなる変化、企業間におけるグローバルな大競争時代への突入など、90年代とは様々な分野で大きな構造的変化が起こった時代であった」と言えると思います。今年1999年は、そうした90年代の最後の年、言ってみれば新しい時代の夜明け前といった年になると思います。
この新しい時代における社会形態とは、現在までの工業社会の最終段階である、情報化社会に続くものとなりますが、弊社独自の未来予測手法から、これを「最適化社会」と名づけています。その手法によると、2005年頃から工業社会から最適化社会に移行し2025年頃には自律社会に移行するとしています。すなわち工業社会における「より良い生産性と効率の追求」と自律社会における「人間の生の歓喜の追求」という2つの価値観の葛藤(コンフリクト)が起き、工業社会の抑圧から解き放され、新たな価値である調和を編み上げていくこと、つまり解放と調和のメカニズムが支える社会が最適化社会であります。そしてこの新たな価値観を発見する旅こそ「人間の原点」への復帰、すなわちセカンド・ヒューマンルネッサンスなのです。
ゆえにこれからの最適化社会では人間の生の歓喜を追求していくために、環境、資源、エネルギー、産業廃棄物、食糧、健康等、前の時代の「負の遺産」とも言える諸問題を解決するためのソーシアルニーズが益々増大してくる社会となるのではないかと考えております。すなわち工業社会における近代的価値観の批判や物質文明の反省が叫ばれパラダイム転換する兆しが現れてくるわけであります。
また、人々の生活や働き方が、個人の自律を基本としながらも互いに協調を求め、ネットワーキングを広げてゆくような、自律分散の協調型ネットワーキング社会になってゆくのではないかと考えます。1999年は、弊社にとりましてはもちろん、この新しい時代のソーシアルニーズに応えられる自律分散の協調型ネットワーキング企業への変身の年ととらえており、この「’99年度こそ正念場」と決意を新たにしております。
電子情報通信学会の皆様におかれましても、来るべき新たな時代にむけて、人工生命や音声認識といった人間に限りなく近づく最先端の分野において、世界に冠たる研究成果を多数あげられんことを、企業経営者の一員として、大いに期待いたしております。
何かと暗い話題の多い昨今ですが、「夜の闇は夜明け前が最も暗い」とよく言われます。時が経てば自動的に日が昇るというわけではありませんが、暗さが永久に続くわけでもありません。是非産官学の英知を結集し、全員の努力で明日の扉を開き、隆々とした2000年代を迎えられるよう共にがんばってゆきたいものです。