巻頭言

情報流通産業の発展

青木 利晴 日本電信電話株式会社 代表取締役副社長

 最近のディジタル技術の発展は、コンピュータや情報通信や放送の世界だけにではなく、商取引や娯楽など幅広い分野にわたって大きな変革をもたらしている。たとえばはやりのインターネットでは、パソコンのディスプレイ上で欲しい情報の場所をマウスでクリックすれば、その情報が世界のどこのコンピュータに蓄積されていようとも、またそのコンピュータがどこにあるかを知らなくても、たちどころに情報を得ることができるようになっている。これはネットワークのディジタル化が進み、コンピュータ技術と融合することによりもたらされたもので、世界中のデータベースにあらゆる人々が平等にアクセスできる環境が整いつつあるともいえよう。
インターネットはかっては企業や専門家が主なユーザであった。しかし最近は商店や一般庶民に広まり、インフラとしての情報通信産業だけでなく、関連のサービスや産業が世界中で飛躍的に伸びている。したがってこれを支えるネットワークやソフトウェアは、その産業だけではなく、それ自体が国の産業基盤として極めて重要になりつつあり、その充実が世界各国で急務となっている。
一方衛星や地上波の放送のディジタル化も世界中で進んでいるが、これとネットワークやコンピュータ技術が融合することにより、情報家電やディジタル家電の新しいマーケットが生まれるだけでなく、プログラムやコンテンツのディジタル化が一気に進み、コンテンツ産業に革命をもたらすことも必須である。つまりコンテンツや情報がディジタル化によって蓄積や処理が極めて簡単になって、高度な内容のものを容易に作ることができるようになり、また今までは特別な専門家でなければ作ったり集めたりできなかったものが、素人でも容易に作りしかも収集分配できるようになるであろう。そしてかっては貿易や商取引では原料や製品等のハードウェアが主体であったが、ディジタル情報やコンテンツがネットワークを介して世界中を飛び交い、これらが取引されるようになる。つまりビット情報という形で、お金、ニュース、契約書あるいは様々なコンテンツがネットワークの上で流通し、ネットワークは伝達する情報に応じた送り方を提供することとなろう。丁度現在の宅配便が、一日の内にゴルフバッグをゴルフ場に送ったり、あるいは品物に応じて冷凍で送ったり、天地をひっくり返さないようにして送ったりするのと同様に、ネットワークは情報を送るスピードや遅延を保証したり、大切な情報が覗き見されたり改ざんされたりコピーされたりしないよう保護する等、情報流通の基盤を提供することとなる。
電子商取引はこの基盤の上で、新しいビジネスが展開する共通の仕掛けとして極めて重要なものとなってくる。つまり電子商取引は、単に通信販売やカード取引の発展形態であるとかニュービジネスの一つとしてではなく、国や世界が次世代の産業の基盤として、その構築とノウハウの蓄積に戦略的に取り組まなければならない事態となってきている。
ところで現在の情報通信事業にたずさわる者としては、安価で確実でしかも安心して使っていただけるネットワークインフラストラクチャや情報流通の基盤の構築のために、研究開発や投資に現在一層の拍車をかけているところである。しかしながらこの基盤の上で将来営まれる幾多のマルチメディアビジネスの発展なしには、基盤への順調な投資もありえない。欧米のみならずアジアの国々も、21世紀初頭の産業や社会を想定しつつ、国の政策としてこのマルチメディアビジネスの支援に積極的に取り組んでいるようだ。新しいビジネスや社会のための枠組み作りに加えて、新ビジネス創出や社会と産業の変革と発展を加速するために、産学官と異業種を横断した戦略的な取り組みが今こそ必要であろう。