研究室めぐり

岩手大学工学部 情報工学科知能情報学講座 横山研究室

横山 隆三(岩手大学)

私が盛岡に赴任したのは、地球資源の有限性や環境問題が盛んに議論されていた頃でした。とりあえず環境計測ということでリモートセンシングに取り組んでから20年余が経ちました。今何をしているかと聞かれると「衛星リモートセンシングデータの補正と環境解析への応用」という答えになりましょうか。内容をテーマ別に紹介させて頂きます。

(1)海表面温度検出精度の改善
衛星リモートセンシングによる広域の海表面温度画像は海洋学をはじめ種々の分野で利用されています。現在の検出精度は誤差の標準偏差が0.6℃程度ですが、地球の温暖化の究明には誤差を0.3℃程度にする必要があるとされています。我々はこの課題にデータ補正の立場から取り組んできています。
この種の研究には衛星観測と同期した水温や気象・海象のデータを必要としますが、陸奥湾には世界的に優れた観測システムがあります。青森県による海洋ブイ4基が毎正時に水温を測定しており、湾周囲には5カ所のAMeDAS観測点と三沢高層気象観測所があります。
我々は陸奥湾のデータ解析から、従来の大気効果補正に加えて、海面付近の鉛直水温分布を考慮した補正をおこなうことによって誤差0.3℃の精度を実現できることを突き止め、以後は観測実験とデータ解析を併用して、全球的に適用できる手法の開発をおこなってきています。1995年から3年間は英国Leicester大学との共同観測実験も実施しました。作業は英国側スタッフと共に衛星(NOAA,ERS,ADEOS)の飛来に合わせて観測船による観測をおこなうものですが、15種類の測定機器により3年間に収集したデータ量は70GBにも達し、日英双方で解析中です。

(2)可視・近赤外データの補正と植生環境解析
植生環境の観則には主として可視・近赤外域のデータが利用されますが、これらは大気効果の他に地形効果の影響も受けているため、より複雑なデータ補正法が必要です。我々は最近普及してきたディジタル標高データを利用した精密データ補正手法を確立し、この成果をもとに2つの領域の植生解析をおこなっています。
1つはLANDSAT衛星データをもとに北上高地の標高の高いところの牧草地に裸地が進行している現象を解明しようとしているものです。他の1つはNOAA衛星データから抽出した植生指数分布図の時系列解析をもとに、モンゴルのバイオマスを高精度に推定する手法の開発をおこなっています。モンゴルには草原と砂漠が分布していますが、近年の気候変化や経済開発などにより、植生の退化が危惧されています。互いに遠く離れた北上高地とモンゴル高原の寒冷地の植生後退という共通の現象をおっている楽しさを味わっています。

(3)地球環境情報データベースの構築
郵政省の創造的情報通信技術開発推進制度に「ネットワークに基づく分散型地球環境情報データベースの構築(代表者は東京理科大学高木幹雄教授)」が採択されました。目的は衛星データの解析結果をネットワークを通じて利用できるデータベースを構築するものです。プロジェクトには8つの大学が参加しており、我々は精密補正された海表面温度分布図及び植生指数分布図の作成を分担しています。

(4)遺跡の立地環境の解析
全国で登録されている遺跡は約38万ケ所にも達し、これに毎年新たに約1万ケ所が追加されるといわれています。遺跡は昔の人の活動の跡ですが、科学技術が発達していない時代には人々は自然環境に強く依存した生活を強いられていたことでしょう。本課題は、遺跡の場所がどのような環境条件をもとに選ばれたのかを調べようとするものです。
まず2年間をかけて東北地方の約2万5千ケ所の遺跡のデータベースを作りました。これは地理情報システムをもとに遺跡の地図及び属性(時代、遺物、遺構、種類など)、種々の地形主題図(標高、斜度、斜向、水系など)、LANDSAT街星データを統合したマルチメディアデータベースとなっています。遺跡の立地環境の解析に入るところですが、まずは遺跡周辺の地形の統計解析をおこないたいと考えています。

(5)岩手水産情報システムの開発
岩手水産情報システムとは、衛星データと海洋観測データから判読した岩手県沿岸域の漁海況情報及び水産市況情報をネットワークを通じて定期的に配信するもので、衛星データの行政利用のパイロットプロジェクトとして宇宙開発事業団と岩手県とが共同して開発しているものです。研究室としてはシステム設計やプロジェクト進行についての指導・助言をおこなっています。処理系の中には我々が蓄積してきたデータ解析の多くのノウハウが取り入れられ、技術移転のために地域企業も参加させながら開発を進めています。システムは2年後に完成して釜石の岩手県水産技術センターに設置される予定です。

以上が研究内容の概要です。研究室のスタッフには助教授、助手、技官が各1名がおり、博士課程後期学生3名、前期学生3名、岩手県からの受託研究生1名、卒業研究の学生8名が所属しています。
リモートセンシングデータの解析は計算機処理のみに依存しがちですが、私は現象を理解させるためにも、解析結果を検証するためにも、必ず実測させるという方針をとってきております。北上高地は大学から近いのでしばしば出掛けますが、晴れた日の実測作業は絶好の気分転換にもなります。陸奥湾の観測では海の幸を味わえるという余禄にもありつけます。日英共同観測では1ケ月半も寝食をともにしますと、英国側との間に強い連帯感が生まれてきますし、モンゴルの広大な自然や素朴な人情などは印象深いものがありました。
私はリモートセンシングデータの利用の最終的な境地を図に示すようなX線画像による病気診断に類似するものと考えています。X線の発見から現在のX線診断法が確立されるまでには約100年間の試行錯誤を必要としました。リモートセンシングによる環境診断法の確立までには、いま暫くの時間が必要と思われます。