研究室めぐり

東京大学 インテリジェントモデリングラボラトリ<

広瀬 通孝(東京大学工学部)

東京大学インテリジェントモデリングラボラトリ(IML)が開所したのが1997年6月のことである。本ラボの基本的なテーマは、スーパーコンピュータによる高速シミュレーションとバーチャルリアリティ技術に代表される可視技術とのドッキングによる新領域の創造である。
ラボは農学部キャンパスに設置され、総面積約2000平方メートル、6階から成る。主要設備としては、スーパーコンピュータとしてIBM SP2(48CPU)(図-1)と、VR機器としてCABINと呼ばれる全天周映像表示装置(図-2)を有する。本ラボは、学内共同利用設備として位置づけられ、各学部の教官がプロジェクトチームを組み、いくつかの研究テーマがラボ内で実施されるというスタイルをとっている。著者の研究室もその構成メンバーのひとつである。現在進行中のプロジェクトは表-1に示す通りである。本稿では、主要設備のひとつであるCABINについて、やや詳しく述べてみたい。
この装置は立体プロジェクタ5台を組み合わせ、一辺2.5mの立方体状の入口以外の壁面がスクリーンという部屋をつくり、ユーザが立体映像空間内部に没入することができるようにしたものである.このタイプの映像装置は、1992年に、米国イリノイ大のT.DeFantiらが開発したCAVE(Cave Automatic Virtual Environment)がはじめてある.この方式の特長は、立体プロジェクタなど、すでに検証された技術が主に使用されているため、信頼性が高く、生成される仮想空間の精度も高い.CABINは、先述のように、5面のスクリーンを有しており、きわめて没入感の高い表示が可能である。5面構成にするためには、構造上の技術的問題を解決する必要がある。すなわち、下面のスクリーンを15ミリ厚の強化ガラス2枚により構成し、3名以上のユーザが立ち入れるように配慮した。その結果、中央部における視野角は、約270°ということになり、前方を向いたユーザは、ディスプレイの枠を意識することがない。ユーザの頭の位置は磁気センサによって計測され、描画に反映されるので、表示された3次元物体をいろいろな方向から眺めまわすことができるのも、このディスプレイの特長のひとつである。現在、いくつかのデモンストレーション用コンテンツが用意されている。たとえば、相対論効果が支配的になるような条件下でのウォークスルーシミュレーション(光のドップラー効果による色相の変化や、ローレンツ変換による空間のゆがみなどが体験できる。)や、デジタルモックアップ(自動車の3Dモデルをまわりから眺めたり、乗り込んだりすることができる。)などは代表的なものである。(図-3)
著者の研究室は、この装置を中核として、種々のVRにかかわる研究を行なっている。図 -4は広域環境入力車であり、8台のカメラとGPS、記録用計算機などを搭載したこの車を走行させることによって、地域内の種々の視点から映像を、正確な位置データとともに記録することができる。そしてそのデータを組み合わせて、任意視点からの映像を自由に作り出すことができるという研究である。こういうシステムによって作り出される映像は写真的にリアルであり、CABIN提示される仮想空間のクオリティを上げることに貢献するであろう。
CABIN内に表示された仮想物体に触れてみたいという要求も良く言われることである。当研究室における触覚ディスプレイのグループは筑波大、豊橋技科大、都立科技大などと共同で、Hip(Haptic Interface Platform)と呼ばれる触覚ディスプレイのための、基本ソフトウエアの開発を行なっている。これまで、触覚ディスプレイは、そのソフトともども、色々な研究機関で別々に開発が行なわれていた。この共通プラットホームが整備されることにより、ある程度ソフトの流通性が確保されることになる。それだけ手の込んだ触覚コンテンツを創作しても、広く体験の場が与えられるというわけである。
CABINの将来として、最も注目されている話題のひとつが、この高度な環境のネットワーク化である。高帯域の通信回線を介して、同類の環境と結合し、新しい共同作業環境を構築しようという試みが、郵政省の提唱するMVL構想の一環として始められた。現在のところ国内回線でスタートするが、ほどなくシンガポール国立大学あるいは米国、イリノイ大学などとの連携も開始されることになる予定である。