巻末言

巻末言

30年後を目指した学術的研究開発 ― 連携をいかに育むか? ―

2023年度通信ソサイエティ会長 笠原正治Shoji Kasahara

2022年6月に次期会長を拝命してから半年以上が経過しました.この間担当させて頂いた業務の中に日本学術会議の「学術の中期的研究戦略」の課題策定があります.日本学術会議では3年ごとに学術的意義の高い大型研究計画を網羅的に体系化する「マスタープラン」を策定してきましたが,分野横断性や中長期的な視点の欠如,分野の偏りといった意見を踏まえ,今期から「未来の学術振興構想」を策定することになりました.「未来の学術構想」では今後20年から30年頃までの先を見通した学術振興の「グランドビジョン」を複数提示し,実現の観点から必要となる具体的な「学術研究構想」を示すことを目指しています.今回の「学術の中期的研究戦略」の公募は大学や研究機関はもとより,学会等の学術組織からの提案も受け付けるとのことで,本会理事会においてソサイエティ・企業イニシアティブ委員会に意見が求められました.

この要請を受けて,通信ソサイエティでは原案作成の責任者を私が務めさせて頂きました.30年後を見越した研究課題ということで,無線なら8G,光であればIWONの20年後の世界観を考える必要がありました.数年先を見据えた研究課題については,現在の最先端の手法や技術の問題点を克服するような,エンハンス的な研究課題でも意義がありますが,30年後となると,そのときの人間社会の状況がどうなっているか,どうあるべきか,を考え,それに到達するためにはどうしたらよいか,という点から,ある種トップダウン的な課題検討が必要です.個人的に,このような研究課題の設定は経験がなく,大いに戸惑いましたが,幸いにも執行委員会コアメンバーの御協力を得て最終的に「カーボンニュートラルを達成する次世代情報通信技術に向けた総合的研究」という課題を提案することができました.

この業務を通じて,学術研究としての情報通信分野のインパクトがどのくらいあるかを定量的に評価したいと思い,文部科学省・日本学術振興会が発行する科研費パンフレット2022,及び日本学術振興会が公開している科研費データの審査区分別データ2021年度分を調べてみました.電気電子工学が含まれている大区分と情報ネットワークが含まれている大区分の割合は,科研費配分額全体で14.3%でした.試しに基盤(S)の新規・継続分の配分割合を計算したところ,17.3%でしたので,全ての研究費目でおおよそ15%前後の額を獲得していることが分かります.次に通信ソサイエティに関する分野として「通信工学関連」と「情報ネットワーク」について調べたところ,基盤(B)では2021年新規・継続全ての課題に対する「通信工学関連」と「情報ネットワーク」の課題の割合は0.94%,同様に基盤(C)は0.61%,若手研究では0.49%でした.

これらの数字を見て,三つの意味でショックを受けました.まず電気電子や情報を含めた理工系分野の科研費に占める割合が2割に満たないこと,情報通信分野の獲得実績は更に少ないこと,更に深刻なことは,基盤(B)・基盤(C)・若手研究の順で獲得割合が減少していることです.基盤(C),若手研究の順で減っていることは,若手の研究者が育っていないことが危惧されます.

学会で会員数が減っているのは,企業会員の減少が大きな原因と言われていますが,果たしてそれだけでしょうか?通信の研究を担う若い人たちを育てるために大学や高専といった教育研究機関がもっと頑張る必要はないでしょうか?大学でも若い人を育てるには当然お金が必要です.従来,大学の研究開発は研究者個人,若しくは研究室単位で行われてきましたが,要請が高まっている社会への博士人材の供給を考えたとき,博士課程における学生の経済的サポートはもとより,博士修了時からアカデミックポスト就職や企業研究所採用までの緩衝期間としてのポスドク研究員雇用を充実させる必要があります.研究者として学問の価値を高める努力はもとより,大きな学術研究予算を獲得して若手研究者を支援する体制作りを真剣に考える時期に来ているように思います.

学会では「国プロ」獲得に向けた議論が始まろうとしていますが,一方で学術研究の大型予算獲得のための戦略をソサイエティレベルで真剣に議論する必要があるのではないでしょうか?御存じのように,大型の学術研究費は大きな目標の下で複数の多様な研究がシナジー効果を持って進められる課題設定が必要です.一つの研専がカバーする範囲では十分ではなく,ソサイエティレベルの横断性でも難しいかもしれません.この辺り,皆様と率直な御意見や御批判を頂きながら議論を深めさせて頂ければ幸いです.皆様の御理解と御協力を是非とも賜りたく,何とぞよろしくお願い申し上げます.

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