解説論文 
AI体操採点システムの進化と展開

小特集
ディジタル化による新たな価値の創造

AI体操採点システムの進化と展開

Evolution and Expansion of AI-based Gymnastics Judging Support System

桝井昇一 Shoichi Masui

楊 帆 Fan Yang

小田嶋成幸 Shigeyuki Odashima

姜 山 Shan Jiang

Summery 我々は,国際体操連盟・日本体操協会との連携により,体操競技における正確かつ公平な採点の実現を目指して,AI(Artifi cial Intelligence)採点システムの開発に取り組んでいる.AI 体操採点システムは,ライダ(LiDAR: Light Detection and Ranging)方式の3D レーザセンサによって取得された三次元点群から,深層学習(Deep Learning)と人体モデルへのフィッティングにより選手の3D 骨格座標を求める3D センシングと,3D 骨格座標の時系列情報から実施技の特定を行う技認識の両技術で構成され,2019 年10 月の世界体操選手権から実用化された.その後AI 体操採点システムは,当初の5 種目対応から全10 種目対応に向けて開発が進行するとともに,市販カメラを使用した画像方式の取組みへと進化しながら,応用分野を広げる試みがなされている.本論文では,近年におけるスポーツ分野におけるICT 化の動向におけるAI 体操採点システムの位置付けとその開発経緯を示した後,AI 体操採点システムの概要と採用された技術を解説する.続いて,我々が取り組んでいる画像技術の概要とAI 関連国際会議で開催されたコンペティションで成果を開示した人検知・トラッキング技術について解説し,最後にAI 体操採点システムの今後の展開について紹介する.

Key Words スポーツICT,姿勢推定,行動推定,トラッキング,深層学習

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はじめに

スポーツにおける様々な事象がICT(Informationand Communication Technology)の活用によってディジタル化され,これまでの「経験と勘」に基づく主観による世界が,データに基づく客観による世界へと移行し,スポーツに関わる「する(体を動かす)」「見る」「支える」のあり方が大きく変わろうとしている.これまでのスポーツ分野におけるディジタル化の動きは,「支える」分野を中心として,2003 年におけるデンマークのTrackman 社におけるゴルフ向け弾道計測器の開発を嚆矢として,続く2005 年の国際テニス連盟によるボールのライン判定システムの導入(1),つまり,物体の検出からスタートした.近年では,フィールド上の選手(人)の位置を追跡するトラッキング技術を活用したフォーメーション分析がサッカーやバスケットボール等で実用化さており,対象が物体から人の二次元の動きへと拡大された(2).現在は人の動きを三次元でより詳細に把握して,三次元で人のスキルを分析する段階に移行しつつあり,「する」「見る」の領域への適用が拡大していくものと考えられる(3)

しかしながら, これまでの三次元の動きのセンシングでは,体にマーカやセンサ等の装着が必要であったことから,選手の自然な動きが阻害されるなど実用化への障壁が存在していた.本論文ではスポーツにおけるディジタル化の最新の取組みとして,我々が開発中の非装着形の三次元の動きセンシング技術を活用したAI(Artificial Intelligence)体操採点システムの概要と開発された技術(4),(5)に加え,今後の進化・展開を紹介する.

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AI 体操採点システム開発の経緯

体操競技は,陸上競技のようにスピードや到達距離を競うものではなく,演技(人の動き)の良し悪しを点数化して競う採点競技に属し,実際の採点は審判員による目視で行われている.体操競技の種目は男子6 種目(ゆか,あん馬,つり輪,跳馬,平行棒,鉄棒),女子4 種目(ゆか,跳馬,平均台,段違い平行棒)の計10 種目あり, 種目ごとに技の難度を示すD(Difficulty)スコア,演技の出来栄えを評価するE(Execution)スコア,及び,演技領域からの逸脱や時間超過などによる減点項目の合計で選手の演技が採点される.D スコア,E スコアの採点はそれぞれD 審判,E 審判によって独立して行われており,公平な判定を行うために大会ごとに120 人以上の審判員が必要となっている.………

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