解説論文 
研究現場におけるXR(クロスリアリティ)活用事例の紹介

小特集
ディジタル化による新たな価値の創造

研究現場におけるXR(クロスリアリティ)活用事例の紹介

Introduction of Practical Use of XR (Cross Reality) for Research Field

井原章之 Toshiyuki Ihara

Summery 様々な業種や分野においてDX(ディジタルトランスフォーメーション)の推進が活発化する中,RX(リサーチトランスフォーメーション)が注目を集めている.RX とは「DX 等を駆動力として研究開発活動を革新し,そのオペレーティングシステムをトランスフォームすること」である.DX やRX のために活用されるディジタルテクノロジーには5G, IoT, AI などが挙げられるが,最近注目を集めているのが「XR(クロスリアリティ)技術」である.XR とは,現実世界と仮想世界を融合することにより,現実にはないものを知覚できる技術の総称である.本解説論文では,国立の研究機関に所属する筆者が,自身の研究開発活動のプロセスを刷新し,研究組織のDX やRX の可能性を探るために行っている「XR 技術の活用事例」を紹介する.特に,現実世界のライブ映像を含む仮想空間の作成手法と,その手法を活用したプレゼンテーションや実験装置リモート操作,見学ツアーなどへの活用事例を詳しく説明する.

Key Words DX,RX,XR,拡張仮想

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はじめに

昨今,多岐にわたる業種や分野においてDX(ディジタルトランスフォーメーション)の推進が活発化している.経済産業省の定義するDX は「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し,データとディジタル技術を活用して,顧客や社会のニーズを基に,製品やサービス,ビジネスモデルを変革するとともに,業務そのものや,組織,プロセス,企業文化・風土を変革し,競争上の優位性を確立すること」である(1).筆者は国立研究開発法人に所属する研究者であるため,ビジネスを前提とした上記の文章がそのまま当てはまる立場にない.そこで,この説明文をビジネス向けでなく,研究者に当てはまるよう短めに書き直してみる.すると「データとディジタル技術を活用して,研究のモデルを変革するとともに,研究活動そのものや,研究組織,研究プロセスを変革し,競争上の優位性を確立すること」となる.JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)の機関が,このような「研究活動や研究プロセスの変革」の必要性を説くレポートを出している.研究開発戦略センター(CRDS)が出した「リサーチトランスフォーメーション(RX)」に関するレポートである(2).レポートの中では「DX 等を駆動力として研究開発活動を革新し,そのオペレーティングシステムをトランスフォームすること」として,RX(リサーチトランスフォーメーション)という概念が提唱されており,様々なディジタル技術の活用例が紹介されている.

DX やRX は組織で推進すべきミッションであるが,そこで利用されるディジタル技術は,個々の研究者の研究開発活動を飛躍的に効率化させる力を持ち合わせている.そのため,研究組織のDX・RXを推進することと,個々の研究者がディジタルテクノロジーを駆使して研究開発活動プロセスを再構築することとの間には相乗効果が大いに期待できる.本解説論文では,筆者が所属する研究組織である情報通信研究機構未来ICT 研究所が進めるDX の一例と,筆者自身がディジタル技術を駆使しながら開発を進めている独自のソフトウェアや手法を説明し,その活用事例を幾つか紹介する.

本解説論文において,DX・RX に向けて活用するディジタルテクノロジーは「XR 技術」である.XRとは,Extended Reality またはCross Reality の略語であり,現実世界と仮想世界を融合することで,現実にはないものを知覚できる技術の総称である.仮想現実(Virtual Reality),拡張現実(AugmentedReality), 複合現実(Mixed Reality), 拡張仮想(Augmented Virtuality)などがXR 技術に含まれる. それらのプラットホームには通常のパソコンの………

情報通信研究機構未来ICT 研究所,神戸市

Advanced ICT Research Institute, National Institute of Information and Communication Technology, Kobe-shi, 651-2492 Japan